第10話 中断

 ウィスリム達が王都へと到着すると、すぐに迎えが来た。



「初めまして、私は副兵士長をしているスフレアと言います」



 数名の出迎えを代表して、スフレアは笑顔で手を差し伸べた。

 しかし、ウィスリムはそれを握り返すことなくスフレアに質問を投げかけた。



「スフレアさん、あなたはソラと呼ばれる人物に関する事実を知っているんですか?」


「……」



 少しの沈黙の後、スフレアは出迎えに来た他の兵士に戻るように指示をした。



「えぇ、知っています」


「その反応からすると、知っているのは本当にごく一部の人間だと言う事ですか?」


「ウィスリムさんの仰る通りです。兵士の中で事実を知っているのは私とルバルド兵士長の二人だけです」


「そうなんですね。……すみません、変なことを聞いて。ギルドマスターから話は聞いていたんですが、何となく実感が無くて」


「いえ、構いません。……事情を知っているのなら、私からも聞いてみたいことがあります。あなた方から見て、王国の現状はどうですか?」


「率直に言うと、とても気味が悪いです」


「ウィスリム――」



 ウィスリムを止めようとしたベルを、スフレアが身振りで制した。



「構いません。私は王国で生まれて、王国で育ちました。一度、外から見た王国の姿を聞いてみたかったのです。それで、気味が悪いというのは……?」


「ギルドでは冒険者同士が助け合うのは当たり前。多少のいざこざはあったとしても、他人の命を無碍むげに扱うような人間は見放されます。それに比べて王国は上層部が一部の人間を切り捨てることを認めている。そのやり方も、そのやり方で救われる人間がいることも、僕からすれば気味が悪いです」



 一部の人間を切り捨てることで、救われる人間がいることが気味が悪い。

 それを聞いて、スフレアは確かにそうだと思った。今まで背後に国の為という絶対の正義があったから、相手が人間であっても悪人であれば刃を向けることもあった。しかし、ソラの件でそれは崩れつつあった。

 果たして、国の為という正義は本当に正しかったのだろうか。その正義が絶対だと思っていたから、悪人と対峙した時に相手の言葉に耳を貸したことなんてなかった。もしかしたら、相手にも国の為という正義に相当する何かがあったかもしれない。

 スフレアは王国で生活する中で何となく察していた。国が定めた悪人。彼らを逃がせば叱責される。彼らを庇えば疑われる。そして、彼らを殺せば褒められ、認められ、昇格する。

 スフレアも、国民も、誰一人としてそれが不思議だとは思わなかった。自分たちの生活を守ってくれる絶対的存在である王国。その王国が悪人と定めれば、全員が無条件にそれを信じ込んでしまう。それでも、スフレアはそれが気味が悪いと思ったことが無かった。言われなければ、永遠に気付かなかったかもしれない。



「でも、今僕らにはそんなこと考えてる暇はない。そうですよね?」


「そうですね。もう少しお話を聞いてみたい所ですが、そうも言ってられません。すみません、我儘に付き合わせてしまって」


「いえ、元は僕が変な質問をしたのが原因ですから。話なら全てが終わってからにしましょう。それよりも今は――」


「そうですね。では、ご案内します」



 ロートの面々は、スフレアに続いて王都の対魔族の兵士が集まっている場所へと向かっていった。






 来る日の夕方、ルバルドとスフレアは王都を囲う壁の上から、味方と敵の両方を眺めていた。



「どうですか、ルバルド兵士長」


「正直、ギリギリとしか言いようがない。この間、残党をこちらへ向かわせた時に観察していたんだろうな。あそこにいる敵の数は、俺たちが全員で全力で戦ってギリギリ勝てるか勝てないか。そんなレベルだ」


「もしそれを狙ってやっているのだとしたら、たちが悪いですね。まるで、この戦いを楽しんでいるようにしか思えません」



 スフレアの言葉通り、これも魔族側からすれば魔王を楽しませるためのただの余興でしかなかった。

 しかし、人間がその事を知る日が来る事はない。



「さっき言った通り、全力で戦わなければ勝てない。スフレア、場合によっては指揮官であるお前が前線に立つことになるかもしれん」


「そうしたら、ルバルド兵士長と共に前線に立つことになりますね。随分と久しぶりな気がします」


「あぁ、そうだな。最も、そんな日は来ないに越したことは無いんだが」


「その通りですね」



 二人は笑い合っていたが、日が落ちるにつれて徐々に表情が引き締まっていった。そして――。



「行くぞ、スフレア副兵士長」


「はい!」





 日が完全に落ち、辺りが月明かりと松明で照らされている中、両者は睨み合っていた。

 そして、先に動いたのは魔族の方だった。横一列に規則正しく並んだ化け物たちは、全員が同じ速さで走り出した。その一糸乱れぬ走りは、贋物だと分かっていても見とれそうになるほどだ。

 それに反応して、人間側も指揮官から怒号のような指示が飛んだ。最前線にいる騎乗している者たちが一斉に走り出す。その背後では魔法の光が出現し、前衛の向こう側をめがけて放たれていた。

 そうして両者がついに衝突しようという、その時だった。その間を遮るように、赤黒く光り輝く炎がカーテンとなって出現した。

 創造された魔族は攻撃を避けるために一斉に地面を削りながら止まり、人間も寸でのところで止まることが出来た。人間が放った魔法は一つの残らず炎のカーテンに飲み込まれ、その姿を消した。



「まさか、妾が王国を助ける日が来るとはな……」


「私達だけなら助けるようなことはしなかったでしょうね」


「私も思いもしませんでした。あんな事がありながら、こうして人間を助ける日が来るなんて」



 そんな三人の声は、先程まで殺気立っていた人間たちの騒めきの中に吸い込まれていった。

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