第四章 正義
第01話 創造と消滅
視界が酷く歪む。
ここにいるはずなのに、いないような、そんな気持ちの悪い感覚がソラとミィナ、そして魔王とエクトを襲っていた。
ただ一人、魔王はその状況を楽しんでいる。
ソラはミィナを片手で自分の方へと抱き寄せる。
「ミィナ、絶対に離れないで。歪みに体を持っていかれたら、きっと助けられない」
ソラのスキルはこの状況にスキルで対抗することが出来るが、傷を修復するようなことは出来ない。致命傷を受けた時点で、それが死へと直結してしまう。
「う……ん……」
ミィナはソラの体に掴まりながら、どうにかそう答えた。
そして、ずっと魔王の方を睨みつけていた。自分が頼んで、ここまで来た。だから、目をそらしてはいけないと思っていた。
やがて、魔王が口を開いてエクトへと何かを命令する。
「「――っ!」」
マグマの様な炎が、刃の様な水が、岩石の様な氷が、巨竜の様な雷が出現し、ソラとミィナへと一直線に飛んできた。
「仕方ないっ……!」
ソラは正確さを捨てた。
今までは攻撃を感知し、自分たちへと接触するものだけを正確に消していた。そうした方がずっと疲労はたまりにくいから。だが、襲い掛かる攻撃の速度と粗さはそれだけでどうにか出来るようなものではない。
やがてソラのスキルの使い方から精密さが消え、自分の達の周囲を乱雑に消し始めた。
そして――。
「……っ!」
ミィナは思わず顔をしかめた。
ソラが作り出した半径二、三メートル程の無の空間の中では、何一つ感じることが出来なかったからだ。熱さも、冷たさも、音でさえも感じない。ミィナはソラが創り出した無の空間の中で、体がどうにかなってしまいそうな違和感に耐え続けた。光さえも消し去られ、ミィナの目には何も映らない。
ソラの創り出した空間の外側では建物が歪み、地面は溶け、草木は凍り付き、辺りは雷で目を細めなければならないほどに光り輝いていた。
「――」
ミィナはソラの名前を呼んだつもりだったが、声は音になるのとほぼ同時に消え去ってしまった。ソラはミィナの方へと意識を向けることもせず、ただただ集中していた。攻撃が途絶えるその瞬間まで――。
そんなソラの体力の消耗は激しかったが、エクトの消耗はそれ以上に激しかった。
魔王は正確さではなく派手さと面白さを求めていた。それ故に攻撃は広範囲、間隔は最短、出力は最大が常だった。猛攻が始まって数十分が経過した頃、エクトの鼻や口、目から血が流れ始める。それから攻撃が止むまで、さほど時間は掛からなかった。
魔王の隣では、全ての体力を使い切ったエクトが前のめりに勢いよく倒れる。
「あれを耐えるとは思わなかったな。それでは私が直々に相手を――」
魔王は余裕を見せていた。たとえ相手がどんな力を持っていようと、勝てる自信があったから。失ったとしても瞬時に再生する体、何者にも負けない屈強な肉体、そして最強とも言える精神攻撃に特化したスキル。それらが生物相手に通用しないことなど一切なかった。だからこそ、こんな戦いを見た後でも油断することが出来た。
しかし、ソラには叶わない。エクトの攻撃が収まった瞬間、ソラは魔王の背後へと回りこみ、そしてその肩へと手を伸ばした。
次の瞬間、魔王の体から一切の力が消えた。抵抗するまでも無く、魔王は背中から地面に倒れた。これでスキルを使うことも、肉体を再生することも、体を動かすことさえできない。最強に近い存在だったからこその、呆気ない幕引きだった。
「エクト!」
ミィナが倒れているエクトへと駆け寄り、その体を仰向けに起こした。
ソラはミィナとエクトの元へと近づき、そしてエクトへと手を伸ばした。そして、本人が力を失ってなお消えない魔王のスキルによる精神支配から、エクトを解放した。
「まだ息はあるみたいだけど、正直俺じゃどうにも出来ない。早くミラの所に連れて行かないと……。でも、その前に――」
ソラは、目を丸くしてソラとミィナ、そしてエクトの三人を見ている魔王の方へと向き直った。
魔王の存在がある限り、魔族の世界は変わらない。それが分かっているから、それしか変える方法が無いと分かっているから、ミィナはソラにこの結末を望んだ。
ソラはミィナの方を見ながら言った。
「ミィナ、嫌なら無理はしなくていい。俺がやるから」
しかし、ミィナは首を縦に振らなかった。
これを実行すると決めた時、最後は自分の手でやると他でもないミィナが言い出したのだ。
「ソラ、ありがとう。でも、最後は私がやる。……ううん。私がやらないといけない気がする」
ソラは一歩下がり、代わりにミィナが一歩前へと進み出た。
ミィナは声を出す力すらない魔王へと語りかける。
「ねぇ、魔王様。今の世界は魔王様にとっての理想だよね。でも……私の周りにはそのせいで苦しんでいる人ばかりだった。私には、それが正しいなんて思えない。誰も悲しむことなく、皆が笑っていられる世界が私にとっての正しい世界。でも、今の世界は綺麗ごとだけで変えることなんて出来ない。だから、今から私は自分のための犠牲を魔王様に押し付ける」
ミィナの体から黒い霧が溢れ出し、少しずつ魔王へと近づいていく。それはこの瞬間の為だけに練習した、ミィナにとって最初で最後の意図したスキル行使。
「いつの日か、私はこの報いを受けるかもしれない。でも、そうだとしても私は自分の正しいと思える世界を――皆が笑って暮らせる世界を創りたい。それと、これはただの我儘で夢妄想なのかもしれないけれど――」
ミィナは何かを誓う様に目を瞑ってから、瞼を上げた。その瞳に宿る意思は力強く、真っすぐとしたものだった。
「他人に犠牲を押し付けるのは、これで最後にする」
ミィナがスキルで出現させた黒い霧は魔王の体を包み込み、その命を刈り取った。
荒れ果てたその場所に、冷たく鋭い風の音だけが響く。
少しの沈黙の後、ソラは倒れこんでいるエクトを抱きかかえてからミィナの肩に手を置いた。
「皆の所に戻ろうか、ミィナ」
そう声を掛けられたミィナは、屈託のない笑みを浮かべて答えた。
「うん!」
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