第02話 決別
空間の歪みが収まってから暫く経った後、ハーミスの率いていた化け物たちは突然暴れだした。
「まさか本当に魔王様を……」
「ハーミスさん、それとこれに何か関係があるんですか?」
「エクト君の創り出した全ての生き物には、魔王様の命令が絶対だという呪術を施してある。そして魂には魔王様とエクト君、そして創り出された生物以外を殺すという本能が埋め込まれている。つまり――」
「つまり、妾たちを殺すために襲ってくるという訳じゃな。それを止める策はあるのかや?」
「ありません。この先、彼らは自分の命が尽きるまで他者を殺し続ける……。あの身体能力では人間は疎か、私でさえ逃げ切ることは出来ない」
「絶望的な状況の割には冷静じゃな、お主は。あそこの人間たちは指揮官がおらぬせいで騒めき立っておるというのに」
「ミィナ様がここからずっと離れた所にいる。それだけ分かっていれば私は満足です」
ハーミスの言葉に、思わずユーミアは笑った。
「その言葉、ミィナ様やソラさんに聞かれたら怒られますよ。私も人の事は言えませんけど」
その言葉に首を傾げるハーミスを横目に、ティアはルバルドへと問いかける。
「ルバルド様はお戻りにならなくていいんですか?」
「ティアたちの様子を見る限り、何か策があると踏んでいるだけだ。それに、その話が本当なら戻ったところでどうにもならない」
「まさか、国を守る兵士の長であるルバルド様の口からそんな言葉を聞くことになるとは思いませんでした」
「ティアやソラの知り合い――クラリィが言っていた。他人に犠牲を運命として受け入れさせるのなら、自分が他者の犠牲になったとしてもその運命を否定するべきではないと。俺は――俺たちは国を守るための犠牲として多くの同族を切り離してきた。いつかその報いが来たって文句は言えないさ」
「妾もそう思う。じゃが、妾と違ってソラはお主らの正しさも理解しておる。受け入れられるかどうかは別として、じゃがな」
次の瞬間、辺りが静かになった。暴れていたはずの化け物たちの姿は足跡だけを残して消え去っていた。
「皆無事そうだね」
そんなソラの声が突然聞こえてきた。
そちらへと視線を向けると、ソラとミィナ、そしてエクトがいた。エクトの意識はなく、ソラの腕の中でぐったりとしている。
「ミラ、この子の傷を」
「黒と白か。なるほど、道理で対照的な……」
ミラはエクトのスキル『属性(白)』を見てそう言ったが、それが分からない他の者には言葉の意図が分からなかった。
首を傾げるソラ達を横目に、ミラはエクトの傷を治した。心なしか、エクトの表情が和らいだ。
「これで一先ずは大丈夫じゃろう。体の方は、じゃがな」
「体の方は……?」
心配げな声でそう呟いたミィナに、ミラは説明をする。
「妾が治せるのは体の傷まで。長年支配されて傷ついた心は、外側から手を加えてすぐに治せるようなものではない。本人の意思が弱ければ、ミィナたちとの記憶がない事も、そもそもまともに会話が出来ないことだってあり得る」
その言葉にミィナの表情は一瞬曇ったが、すぐに持ち直した。
「その時は私が面倒を見る。エクトにはいつか助けるって約束したから……」
ミラは「そうか」とだけ呟き、それ以上ミィナには何も言わなかった。それから少し間を置いて、ソラの方へと問いかける。
「結局、魔王とやらは何者だったのじゃ?」
「多分だけど、色々な種族が交じり合って長所だけが発現した突然変異体……みたいなものだと思う。それに加えて、呪術系のスキルがかなり強力だったらしいよ」
「呪術の類が一切効かないご主人様とは相性が悪かったのですね」
「そのようじゃな。そこの眠っておる魔族の方がずっと厄介そうじゃ」
そう言って、ミラはソラの腕の中で眠っているエクトの方へと視線を移した。
ソラ達がそんな会話を交わしている隣では、三人の魔族が久しぶりの会話をしていた。
「ミィナ様、お疲れ様です」
「うん。ありがとう、ユーミア。ほとんどソラのお陰みたいなものだけどね。それとハーミス、久しぶり」
「お久しぶりです、ミィナ様」
「その……色々一人で頑張らせちゃって……ごめん……」
「いえ、とんでもございません。私のしたことなんてミィナ様のしたことに比べれば大したことありませんから」
「沢山ハーミスに聞いて欲しい話はあるんだけど、今は……」
ミィナはそう言いながらソラの方へと視線を送った。
「魔族領は行ったことが無いので、道案内をしてもらえませんか? 移動は俺がスキルを使って行います」
ソラはハーミスに向かってそう言った。
ハーミスがミィナとユーミアの方へと視線を送ると、二人とも頷いて返した。
「ソラさん……でしたよね。分かりました、ご案内致します。ミィナ様が随分とお世話になったようですし、出来る限りのおもてなしはさせて頂きます」
「お礼の約束はミィナに取り付けてあるので、それ以上は要りませんよ」
ソラが笑みを浮かべながらミィナの方へと視線を送ると、ミィナはにこりと白い歯を見せた。
そうして移動を開始しようとするソラを、ルバルドは呼び止める。
「ソラ、その……。言葉だけじゃ納得できないかもしれないが、言わせてくれ。済まなかった。ブライ陛下も今回の件は気に病んでいらっしゃる。きっと、王国はソラのような犠牲が無くても継続できるように変わっていくはずだ」
ソラはルバルドの方を向いて、口を開いた。
その表情はユーミアを助けに行った時とは打って変わって穏やかで、何かを悟ったような、諦めたような表情をしていた。
「別に変らなくていいですし、きっとあなた達は変われない。それと、俺はそんな事求めるつもりはありません。ルノウ大臣の弟の記憶を覗いて、確信したことがあります。少なくとも、今の王国は綺麗ごとだけでは平穏を作り出せない。ルバルド兵士長も、プレスチアさんも、ブライ陛下も、ルノウ大臣が一人でどれだけ大きなことをしているかを知らない。それが無ければ人間は今ほど一つの大きな集団になることは出来なかった。俺はそれを否定するつもりはないです。ただ、そのための犠牲にされるのは御免ですし、犠牲の上に成り立つ平穏を享受するなんてこともしたくない。俺は干渉されない限りあなたたちに何も求めないし、期待もしない。だからルバルドさんたちは俺の様に
「……!」
「その反応を見る限りだと図星みたいですね。でも、気にしなくていいですよ。国の上層部が――裏側のトップであるルノウ大臣が手を出してはいけないと感じていればそれで満足です。そうなってさえいれば、ルーク達に迷惑が掛かることは無いでしょうから。それに何より――」
ソラは薄っすらと笑みを浮かべた。
そこに悲しさや寂しさと言ったものは一切無い。
「俺はもう、そっち側に戻るつもりはありませんから」
その言葉を最後に、ソラ達の姿はその場から消えた。
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