第04話 成功

 その場所は王都にある城の一室。

 ルノウとプレスチア、その他複数の貴族は長テーブルの上に広げられた資料に目を落としていた。そこにあるのは王都へと流れ込んできた人数や、それらの人々を能力別に整理したものだ。考えているのは現在王都内にある過剰な労働力の分配について。



「まさかこんなタイミングで急増するなんて……」



 誰かが呟いたその言葉に、プレスチアが反応した。



「砦を守りきれたとは言っても、王都、そしてギルドへの攻撃を許したんだ。小さな村や町に住んでいる人々は不安がるのも当然さ。この周辺は特に、ね」



 そう言って、プレスチアはルノウの方へと視線を向ける。



「まるで私に責任があるかのような言い方だな。確かに、ネロをこちらへ引き込めていれば被害を抑えることは出来たかもしれない」



 ギルド周辺は比較的早期に気が付いたソラとミラが行動したため、周辺の村や町は大きな被害を受けることは無かった。

 しかし、王都は様相が違う。最重要拠点を王都とし、王都を守る以外の戦力は砦へと向かわせていた。そのため、先日の魔族騒ぎの際にギルドだけでなく、王都周辺の村や町に魔族の軍隊の一部が向かっていたことに気が付くのに遅れてしまった。最も、気が付けたとしても王都を優先して兵士を派遣することなど出来なかっただろうが。



「それと何度も言っているが、ネロは要注意の危険人物だ。人間の存続に興味を示さない危険思想を持ちながら、私の護衛を――」


「今王都にいる、ギルドから送られてきた冒険者たちがそれを聞いてどんな反応をしたか知っていますか? 彼らは一様にネロはそんなことをする人間ではないはずだと首を傾げていました」


「それを鵜呑みには出来ませんよ。ネロにはギルドを襲った魔族を単独で葬り去ったという功績があり、ギルドにいた連中が半ば洗脳状態に陥っていてもおかしくない。だが――」



 ルノウはそこで一旦言葉を切り、ニヤリと笑った。

 それを見たプレスチアの背筋に冷たいものが走る。



「もう少しでその洗脳も解ける」


「……ルノウ大臣。まさかまた何か勝手なことを――」



 プレスチアがそこまで言った時、その部屋の扉が勢いよく開かれた。

 現れたのはルノウ大臣の側近だ。額に脂汗を浮かばせるほど急いでいるが、その表情は何か目標を成し遂げたような笑みが浮かんでいた。

 今は会議中とばかりに一人の貴族がそれを抑えようとしたが、ルノウが片手で制して黙らせた。ルノウに視線で話せと急かされた側近は、笑みをそのままに口を開く。



「件の魔族の一人を捕縛することに成功! 現在こちらへと送還中とのことです!」


「そうか。それで、到着はいつ頃になるんだ?」


「本日より三日後の夜だそうです!」



 二人のそのやり取りを、その場にいた全員は口を開けたまま聞いていた。

 暫くして、プレスチアが口を開く。



「ルノウ大臣、一体どういう……?」


「聞いての通りだ。三日後に私が派遣していた部下が捕縛した魔族を王都へと連れてくる。呪術ででも縛り付ければ、魔族に関する情報を入手することが出来るだろうな」



 それに対し、ルノウの側近が手元の紙に視線を落としながら歯切れ悪く答えた。



「ルノウ大臣、それは不可能かと思われます。どうやらかなり強力な呪術が施されているらしく、捕縛に向かっていた人間ですら解呪することはおろか、上書きすることすら叶わなかったようです。そのため、現在は全身を縛り付けた上で運んでいるようです」



 強力な呪術というのは、他でもないミラによるものだ。

 かつてミィナを守るための力が欲しいと願ったユーミアに、ミラはとある呪術を施した。それがここに来て、人間の障壁となって立ちはだかったのだ。



「それならば私が拷問に立ち会う必要がありそうだな」



 そう楽し気に話すルノウとは対照的に、プレスチアはまだ状況を飲み込めずにいた。



「まさか、魔族領に侵入でもしてきたのか……?」


「そんな無謀な真似、流石の私でも実行しませんよ。部下が掴まった場合に情報が流出する可能性がありますからね。捕縛した魔族がいたのは人間領の人がほとんど立ち寄らない地域です。勿論、この間の魔族騒ぎとは別ですよ。あの創作物と違って会話が出来るので、拷問による情報収集も可能です」


「……ルノウ大臣、あなたに二つ聞いておきたいことがある。」


「何でもどうぞ」


「一つ目。なぜ魔族がそんなところに?」


「それは私にも分かりません。ただ、私の部下から発見の報告があったので、捕縛に向かっただけです。きっと、その答えを知るのは三日後の拷問の時になります。それで、もう一つの質問は?」


「なぜ私に――いや、王国に報告しなかったんですか? 魔族がいるのならば陛下にも報告して王国全体で、そしてギルドとも協力して捕縛に取り組むべきです」


「その理由は簡単ですよ。大きく動くわけにはいかなかったからです」



 まだ分かっていない様子のプレスチアに、ルノウはさらに続ける。



「大きく動けば、よほどの地方にいない限り、その情報は耳に入ります。特に、ギルドに顔を出すような人間なら」



 その言葉に、プレスチアはギョッとした。ほんの少し前、ルノウはネロに対する信頼を洗脳と言い、「もう少しで洗脳が解ける」と言った。



「人間の中に手引きした者がいるとでも言うのか……」


「手引きしたかどうかは分かりません。ただ、我々人間から魔族を庇っていたことは確実です。少なくとも、ネロと呼ばれる人物を含めた三人組は庇っていた。もしかしたら、ギルドを探せば他にもいるかもしれない」



 その言葉にその場の全員が息を呑んだ。

 魔族を一振りで殲滅できるような人物が魔族の仲間。そんな最悪の状況を知って、そうせざるを得なかった。



「さて、こんなことをしている場合では無くなりましたね」



 そう言って、ルノウは部屋の出入り口へと向かっていった。



「……ルノウ大臣、なぜそんな余裕の表情をしていられる? ネロと呼ばれている人物の力量は――」


「分かっていますよ。もしかしたら、ルバルド兵士長よりも戦闘能力に長けているかもしれない。ですが大丈夫です。私には策がありますから」



 ルノウはそう言ってニヤリと笑った。

 ネロを師匠と慕う三人の内一人は殺し、二人は既に拘束済み。魔族の一件が落着すれば、次は呪術によって操り人形と化したネロがギルドから送られてくる。だからルバルドよりも戦闘能力が高いのならば、不幸どころか幸運だ。

 その後は規格外な強さを持つネロのスキルを策略に組み込み、魔族への抵抗――いや、反撃を開始する。

 それらがルノウの言う策だった。

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