第10話 守るモノ

 ヴィレッサの報告を聞いて、ギルドマスターの表情は強張っていた。



「こんな時に……。今はロートのメンバーもほとんど出払ってる。この間と同じ数が来てるのならネロがいない限り――」



 魔族が現れたと聞いて、ギルドマスターは以前と同じ数が襲ってきたのだと思い込んだ。

 それを察し、ヴィレッサが訂正をする。



「いえ、それが……一人だけなんです。今は冒険者で距離をとりながら囲い込んでいます。私は直接聞いたわけではないのですが、何かを必死に叫んでいるそうです」


「ヴィレッサ、お前は鑑定スキルが使える奴と呪術スキルが使える奴を連れて来てくれ。後者は多ければ多いだけ良い」


「分かりました!」



 ヴィレッサはそう答えると、どこかへと駆けて行った。



「悪いが三人も来てくれ。今の状況だと人手が足りなさすぎる」



 返答を待つことなく、ギルドマスターは門まで向かっていった。

 ルーク達は一度顔を見合わせてから、黙ってそれに続く。





 辿り着いた先では、多くの冒険者が武器を手に大きな円を作っていた。



「通してくれ」



 ギルドマスターのそんな声が辺りへと響いた。皆がギルドマスターに道を譲り、円の中心まで真っすぐな人の道が出来た。その中心には一人の魔族がいた。

 魔族の方はギルドマスターがそれなりの権限を持っていると察したのか、そちらへ向かって声を上げた。



「お願いです! 私はどうなってもいい……。だから……だからソラに会わせてください!」


「ソラ、か……。となると、そいつが魔族に協力している人間の名前か?」


「それは……」



 ギルドマスターの言葉と威圧に、魔族は怯んだ。確かに、ソラの名前を出してしまえばそちらに迷惑が掛かる。しかし、そんなことは初めから分かっていた。例えそうなったとしても、その魔族は仲間を失いたくなかった。



「ま、生憎なことにここにソラ何て名前の奴はいないんだがな」



 そう言いながら、ギルドマスターは一つの方向をちらりと見た。

 ヴィレッサが数人を連れてこちらへとやって来ていた。

 その内の一人、鑑定スキルの保持者が声を張り上げた。



「ギルドマスター、そいつの持っているスキルは『死の霧』です! 即死効果のあるものかと思われます!」



 鑑定スキルでミィナのスキルを覗いた者の言葉によって、全員が一歩下がって魔族を囲う円がさらに大きくなった。



「お願いです! 待ってください! 確かにソラはここにいるはずなんです! 誰か……誰か知りませんか⁉」



 いくらミィナが叫んだところで、ソラと言う名前を知る者などギルドには存在しない。

 三人を除いて。



「ルーク、フェミ、クラリィ。何の真似だ?」



 三人が魔族の元に駆け寄り、冒険者から庇うように立ち塞がるのを見てギルドマスターはそう言った。その言葉は普段のそれではなく、威圧的なものだった。

 三人を代表してルークが口を開いた。



「この魔族が僕らに害をなすようなことはしないはずです。少しの間だけでいいです。手荒な真似はやめてもらえませんか?」


「……理由は聞かせてもらえるんだよな?」


「それは……」



 ルークは言葉に詰まった。ソラと繋がりがあるのなら、魔族であろうと庇うことに抵抗は感じない。そして、それほどまでにソラ達に感謝しているからこそ、その理由を話せなかった。



「お前らだって魔族が人間にとってどんな存在かは知ってるだろ? 理由も無いまま感情に任せて庇うというのなら無理やりにでも――」



 ギルドマスターの言葉はそこで止まった。

 その視線はルーク達の後ろへと向けられている。



「ありがとう、ルーク、フェミ、クラリィ。でも、これは俺の問題だから無理に関わらなくていい」



 突如現れたソラ達に、誰よりも早くミィナが反応した。



「ソラ、助けて! ユーミアが――」



 ソラはそこまで聞くと、ミィナに触れて記憶を読み取った。



「ティア、ミラ――」


「ご主人様にお任せします」


「妾も同意じゃ。好きにするが良い」



 ソラは二人の返答を聞くと、王都のある方へと視線を向けた。

 そんなソラに、ギルドマスターが焦り気味に声をかける。



「ネロ、お前は一体何を……」



 ソラはギルドマスターのその言葉に、フードを外してから答える。



「俺の本当の名前はソラ。後の事は国の人間――ルノウ大臣にでも聞いてください」



 それだけ言って立ち去ろうとするソラを、ギルドマスターはどうにか呼び止める。



「待て、魔族を庇う事なんてしたらどうなるのか分かって――」



 人間と魔族との確執はソラも知っていた。しかし、他人の正義で家族を失い、他人の正義で仲間を失いかけたソラにその言葉は響かなかった。

 視線を向けることすらせず、ギルドマスターの言葉を遮るようにソラは答えた。



「敵も仲間も自分が決めるものであって、他人が決めるものじゃない。人間を敵に回す程度の事で仲間を守れるのなら、俺は仲間を優先する」



 そう言い終わるのとほぼ同時に、ソラ達の姿はその場所から消えた。

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