第08話 援軍

 魔族の襲撃から、生成された魔族が自然に死を迎えるはずの一か月が経過した。砦の無事は王都へと伝えられ、王都全体には安どの雰囲気が漂っていた。――ただし、ギルド出身の冒険者を除いてではあるが。

 やがて、ギルドの安否確認のための部隊が作られる。もしもの時は引き返して王都へと報告に戻らなければならないため、それなりの実力者が求められた。結果、副兵士長であるスフレアと道案内役の冒険者数名、そして相応の実力を持った兵士で編成されることとなった。



「この数は……」



 そう呟きながらスフレアが向けた視線の先にあったのは、魔族が踏みしめたであろう地面の形跡だった。それは真っすぐとギルドのある方向へと向かっている。

 その数は、推測だけでも王国へと現れた魔族とほぼ変わらないモノだった。王国へと多くの人員を派遣している現状ならば、間違いなく王都よりも大きな被害を受けている。



「スフレア副兵士長、一旦引きますか? この数となると発見しても逃げ切れない可能性が……」



 あくまでも様子見として来ていたため、スフレアの背後にいるのはさほど大きな戦力ではない。



「……いえ、行きましょう。複数のギルド出身者が既に向かっているという話も聞いています。もしかしたら、返り討ちにあってどこかで身を潜めている可能性もありますから」



 スフレアはそう言うと、広範囲の足跡と冒険者の道案内を頼りにギルドへと進んでいった。





 スフレア達は、そのまま数日間にわたって足跡を追い続けた。しかし、いくら先に進んでも敵の姿は見えない。

 そして、ついにギルドまで辿り着いた。

 それとほぼ同時に、その景色に驚いた。



「足跡が……ここで止まっている⁉」



 誰かの驚きの言葉に対し、スフレアは首を横に振った。



「いえ、止まっているというのは正確な表現ではありません。ここをよく見てください」



 スフレアは足跡が途絶えた所に近づき、地面を指した。

 不思議なことに、その周辺はギルドがある方向から逃げるような足跡が上から重ねられていた。



「きっと、魔族がここまで来た時に何かが起こったのでしょう。彼らは命の危機を感じる攻撃に対して回避をしようとします。この場所に来て先頭を率いている者が一斉に引き返そうとするほど広範囲で高威力の攻撃が、ここまで辿り着いた時に行われたのでしょう」


「しかし、そんな攻撃を出来るほどの人員がギルドにいるのでしょうか……?」


「ほとんどの人員が王都へと来ているはずです。トップクランのメンバーは残っているそうですが、それだけではこんなこと出来るはずがありません。こんな攻撃を出来る人間が、ギルドにはいるはずが――」



 その時、スフレアの脳裏にネロという名前がよぎった。

 三年前に話題になった、ギルドの名手を倒してしまったという突如現れた謎の人物。結局、かなり腕の立つ人物という噂だけが広がった。しかし、その噂も三年という年月によってかき消され、今では王都でその名前を聞くことは無くなっていた。



「スフレア副兵士長?」


「……いえ、何でもありません。ここでああだこうだと考えるよりも、ギルドに行って直接話を聞いた方が早いでしょう。ここから様子を見る限り、無事なようですし」



 そう言いながらスフレアはギルドの方へと視線を移した。

 そちらからは、スフレア達王国の兵士の存在に気が付いた門番らしき者が出迎えるために向かってきている。

 スフレアはその門番と話を付け、ギルドマスターの元へと連れて行ってもらうことにした。





「たった一振りで……ですか⁉」



 ギルドの応接室でスフレアはギルドマスターから事の経緯を聞いていた。

 ネロの話を聞いて、スフレアだけでなくその後ろにいる数人の兵士もかなり驚いた表情を浮かべていた。



「あぁ、そうだ。あいつが居なければ、今頃ギルドは綺麗さっぱりなくなっていただろうよ」



 ギルドマスターの横で腰を下ろしている副ギルドマスターのヴィレッサがそれにさらに説明を付け加える。



「あの時、偶然トップクランであるロートがギルドに滞在していたんです。それでも、正面を切って勝てると言い切れるような数ではありませんでした。それは、ここまできた皆さんなら魔族が通ってきた道にある足跡で察していると思います」



 「それにしても」とギルドマスターは言葉を紡ぐ。



「魔族もついに大きく動き出してきたのか。王都はまだしも、ここは安全とは言い難いな」



 それに対し、スフレアは首を傾げた。



「そうでしょうか。話を聞く限り、ネロさんがいれば安全とも取れますが……」


「あいつはギルドに所属している訳じゃない。だから俺たちはあいつが普段どこにいるのかも、どれだけの力量があるのかも知らない。それに、ネロがここへ来るのはいつもネロ自身の事情のためで不定期だ。あいつをギルドの安全の要にするのは早とちりってもんだ」


「そうですか……。すみません、変なことを言ってしまって」


「あぁ、いや、気にすることは無い。今はとにかく、王都が無事でよかった。位置的に王都が堕ちたんじゃないかと騒ぐ輩も少なくなくてな。王都から数人が生存確認に戻っては来たが、それでも道中の危険を案じて誰も王都へ向かおうとはしなかったんだ。そのせいでこっちの状況は報告できなかったし、その後の魔族の動きや王都の状態も把握できなかった」


「それは仕方のない事です。所で、ネロさんは直近でこちらへと来る予定はあるのでしょうか?」


「分からない。が、暫くは来ないと思うぜ。最近来たばかりだからな。待つなら宿は貸すが……」


「いえ、今は王国へと報告することが先なので遠慮させていただきます。現状、魔族側がどんな攻撃を仕掛けてくるかもわからない状況なので、あまり王都を空ける訳にはいきませんし」


「それもそうか。もし何か手伝えることがあったらすぐに言ってくれ。出来る限りは協力する」


「それでは早速で申し訳ないのですが、一つお願いが――」



 スフレアが頼んだのは、ネロの攻撃と魔族の軍勢を実際に見た者の話を聞きたいというものだった。前者は多くの人から聞くことによって王都へ報告する際の正確さと信頼性を上げるため、後者は何かに気が付いた者がいるかもしれないから、というのが理由だった。



「それなら俺も同行しよう。その方がここにいる連中は話しやすいだろうからな。あれを見ていた連中を出来る限りの範囲で集めるから、少し待っていてくれ」


「すみません、助かります」


「それはお互い様だ。俺たちギルドは魔物との戦い方は知っていても、あんたらみたいに魔族との戦い方は知らないからな」



 それから少しして、スフレアの元にネロの攻撃、しくは魔族の軍勢を見ていた者が集まった。ほとんどが依頼遂行のために出払っていたためさほど人数は多くなかったが、それでも十分なほどだった。

 スフレア達は彼ら彼女らから話を聞き終えるとギルドマスターに礼を言い、ギルドに来た時と同じ数の兵士と、先立って王都からギルドへと戻ってきていた冒険者を連れてギルドを出た。

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