第09話 希望

 ライリス王国の城の中心部で、国王であるブライ、王妃のハリア、その二人の息子のシュリアスと娘のカリア、そしてその他大勢の貴族は砦の無事を伝えるものと他に、とある報告に耳を傾けていた。

 そして、全員が驚きのあまり黙り込んだ。

 少しして、ブライがしっかりとした声で報告したスフレアに問いただす。



「……その話はまことなのか?」


「ギルドマスターは勿論、その他大勢の冒険者からも話を聞きましたが間違いありません。皆口にするのは一様に『ネロが一振りで敵のみを消し去った』というものです。詳しく話を聞こうと試みましたが、ネロという人物の詳細なスキルは未だに誰も知らないようです」



 それを聞いて、パリスとレシアの父親であるプレスチアが口を開いた。



「一振りと言われるといまいち想像が付かないな。もっと別の表現で説明していた者はいなかったのか?」


「ネロという人物は二本の武器を常備していて、その内片方は刃の部分がないそうです。三年前に一度だけそれを抜いた時には、まるで黒い炎が灯っているようだという話が出回っていました。恐らく、それが彼のスキルかと思われます。今回の件ではその武器を振るった際、黒い炎が手元を離れて敵の全てを包み込んだとのことです。それに触れたものは何の抵抗も出来ずに消え去った、と証言する者もいました」



 ソラがスキルを視認できる形で発動させた時に現れるのは不定形に揺れている黒い何か。それを見た人間の多くが、黒い炎と表現していた。



「……シュリアス、お前はどう思う?」



 父親であるブライにそう問いかけられたシュリアスは、少し考えるそぶりを見せてから答えた。



「武器にスキルを纏わせることを考えると、魔法の一種かもしれません。黒い炎という証言からすると、火属性魔法と何か複合スキル……」



 そう言いながら、シュリアスはそう言った方面に明るいルバルドの方へと視線を移した。



「私としてはその可能性は薄いと考えます」


「ルバルド、お前はなぜそう思う?」



 ブライにそう問われたルバルドは、さらに言葉を続ける。



「火属性の魔法が複合スキルとなったとしても、通常は燃えるという現象が発生するからです。それが発生しないほどの強力な火属性魔法は光属性魔法との複合スキルで可能ですが、その場合は黄金の炎が現れるはずです。しかし、報告を聞く限り炎の色は黒で、触れた瞬間に燃える間もなく対象が消え去ったとのこと。闇属性との複合魔法では似通った見た目にはなりますが、そんな現象が発生することはありません。そのため、火属性の魔法を基にしているとは考えにくいと思われます」



 いくら考えても、結果は出なかった。最終的にはギルド内と同じように『未知のスキル』の一言で片づけるしかない。

 しかし、結果がどうであれ変わらないものが一つある。



「……三年前、一度彼とは接触したことがあったな。人間の存続には興味がない様子だったと記憶しているが……」



 そう言いながらブライはプレスチアの方へと視線を移した。

 三年前に接触した三人のうち二人は、プレスチアの息子のパリスと娘のレシアだったからだ。



「私の子供からの話では、その通りだったはずです」


「それでも、会わない訳にはいくまい。今の状況は、そんな実力の持ち主を放置しておけるようなものではない」



 ブライの言葉に、その場にいた全員が頷いた。

 王国側でギルドに向かっていった魔族の数は視認でではあるが把握していた。それは大半の者がギルドの廃墟化を半ば確信できるような数だった。それを一切の犠牲を払わず、たったの一振りで消し去った。

 魔族からの奇襲を受け、乗り切りはしたものの余裕はない人間側にしてみれば小さな可能性でもあってみる価値は十二分にある。

 そんなブライの意思を読み取り、ルバルドが口を開く。



「では、誰を向かわせましょうか?」



 その言葉に、プレスチアが一つの提案をする。



「事の大きさとこちらの熱意を伝えるためにもそれなりの身分の者が行くべきでしょう。前線で必須の人材であるルバルドやスフレアは勿論論外です。ここは私が行くというのはどうでしょうか?」



 ブライが少しの間考える素振りを見せてから、それに応えようとした。しかし、それは一人の男によって遮られた。



「待ってください、ブライ陛下。ここは是非私にお任せください」



 ルノウだった。

 言葉の真偽を確かめる事の出来るスキルを持っていることもあって、ルノウはこういった事例に滅法強かった。

 そして、ルノウの国を守ることに対する執着心のようなものは誰もが知っている。それはやり方故に問題になることも少なくないが、こういった国全体が危機に瀕している状況においてはとても頼もしいものだった。

 だから、ブライもルノウに任せることを選んだ。



「では今回の件はルノウに任せることにする。すまないな、プレスチア」


「私も自分よりルノウ大臣の方が適任だと思います。国の事を考えれば、陛下の選択を否定する理由はありません」



 そんなプレスチアの後押しもあって、ブライはどこか満足げな表情を浮かべた。

 その決定に対して感謝の意味を込めた深い礼をするルノウの脳裏では、これから先作り上げるべき筋書きが次々に想定されていた。ネロという人物が国の要請に協力的だった場合の、そして協力を拒んだ場合の筋書きが。

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