第四章 崩壊

第01話 現状

 砦の中にある食堂の一角で、三人は食事をしていた。

 一人は大杖を立てかけ、一人は大剣を立てかけ、一人は直剣を腰に提げている。



「もしかして、結構余裕が出てきたのかな……?」



 ライムは手元の食事に目を落としながらそう話した。



「魔族の進軍はあっても、全て砦でせき止められている。それに加えて、王都には魔族の影響で人が流れ込んでいる。人手はいくらでもあるんだから、指揮を執れる人間さえいれば生産力は上がる。きっと、その影響なんじゃないかな」


「王都にはお父様がいますからね。どれだけ人が来ようと、上手く纏めてくれるはずです」



 兄妹であるパリスとレシアの言葉に、ライムは頷いた。

 パリスの言葉通り、魔族はかなりの頻度で砦へ向かって進軍してきている。しかも、魔族は時間が経過するにつれて強力になる。

 そして、人間はそれを利用した。まだ創り出された魔族がさほど強力ではない内に新兵を多く送り込み、経験を積ませたのだ。時間が経過するごとに少しずつ強化されていく敵は、人間にとって大きな成長の糧となった。

 そうして砦で魔族をせき止めるうちに、身の危険を感じてどこよりも安全であろう王都へと流れ込む人々も少しずつ落ち着きを取り戻した。パリスとレシアの父親であり、大きな権力を持つプレスチアや、それと同等の権力を持つルノウら国の中枢にいる人物が中心となって王都を整理していったからだ。

 過剰な人員と、需要が跳ね上がる食料をどうにかするために流れ込んだ人々に仕事を与え、需要と供給を強引に釣り合わせた。パニックから三年が経過した現在では、需要を供給が上回りつつある。そのせいもあり、普段は低いはずの兵士の食事の品質が上がり始めている。



「そういえば、パリスとレシアはプレスチア大臣の手伝いとかしなくていいの? 確か、そんなこともするって言ってた気がするけど……」



 その言葉に、パリスはとある場所に視線を移しながら口を開く。

 その先にいるのは、パリスやライム、レシアよりも少し遅れてから兵士になった者たちだ。彼ら彼女らの表情に緊張感は無く、どこか余裕そうな表情を浮かべていた。



「確かに貴族としての仕事もしたい。でも、まだそのときじゃないと思うんだ。きっと、後輩をまとめる事すら出来ない様じゃ父上の元に言っても足手まといになるから。何より、今人間側に余裕はない」


「私もお兄様と同じ意見です。新人が余裕を顔に出せるほどに善戦は出来ていますが、あくまで送られてきた魔族を相手にです。そろそろあれから三年が経ちます。何か起こるとしたらそろそろ――」



 レシアがそこまで言った時、砦中に甲高い警鐘が響いた。魔族が砦へ向かってきた合図だ。

 しかし、三人よりも遅れて兵士になった者たちはさほど焦りも見せず、やれやれといった様子で談笑しながら準備をしていた。ベテランの兵士が何人か注意をしているが聞く耳を持たない。三年という長い期間、大きな犠牲を出さずに善戦できてしまった弊害だ。

 どうしても耐えられず、そちらへと向かおうとするライムをパリスは腕をつかんで止めた。



「ライム、今彼らに構っている暇はない。僕たちはやるべき事をやろう。それに、注意なら先輩たちがしてくれてる。僕らがでしゃばる必要はないよ」


「……そうだね。うん、行こう」



 そう言って砦の出入り口へと向かっていく二人に、レシアは声を掛ける。



「お二人とも、お気を付けて」



 レシアは火属性と光属性の魔法を使え、火属性が主だ。その仕事は後方からの援護射撃。だから最前線で武器を振るうパリスやライムとは戦闘時に配置される場所が違う。



「レシアも気を付けて」


「近接戦が無いから安全とは言い切れないからね」



 大杖を手にそう言うレシアに、ライムとパリスはそう答えた。

 ライムとパリスはレシアと別れ、すぐにガリアの元へと向かった。

 現在、砦は近接戦主体の部隊をガリアが、遠距離戦主体の部隊をシーラがまとめている。そして王都の戦力は、単体で最強と名高い兵士長のルバルドと、副兵士長であるスフレアがまとめている。

 ライムとパリスの目の前では、ガリアが野太い声を張り上げてそれぞれに指示を出していた。その手には向かってきている敵の情報が掛かれているであろう数枚の紙がある。



「ライム! パリス! お前らは左方の敵戦力を前衛として殲滅しろ!」


「「はい!」」



 前衛。近接戦と遠距離戦のそれではなく、敵との衝突時に最前で構えるというものだ。前衛が衝突した後、その後方から他の者が飛び出す。通常、腕の立つ者が危険度の高い前衛を任されることが多い。



「行こう、ライム」



 ライムはそれに頷き、すぐに指示された場所へと向かっていった。





「レシア、あなたは中央東の火属性魔法の後援をしてください」


「はい、シーラ隊長!」



 複数人で威力のある魔法を生み出すには、タイミングを合わせる必要がある。魔法発射の合図はシーラ含めた数人が担当し、属性ごとに分かれた部隊から放たれる。レシアが任された後援というのは、タイミングを意図的に遅らせて魔法を放つ集団を指す。

 魔法は同時に発射、同時に着弾というのが一番大きな威力を出せる。そのため、まずは比較的経験の浅い者が魔法を発射し、後援の者はそれが着弾するのに合うように少し遅れて速度を調整して魔法を放つ。

 そうすることでより確実に意味のある攻撃を相手に当てることが出来る。



「……」



 レシアは一度深呼吸をしてから杖を強く握りしめた。

 そして、視線を斜め下へと移す。

 全体が見渡せる砦の最上部から見えるのは、向かってくる魔族とそれに突撃する人間の全てだ。

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