第10話 備え

 依頼を受ける日の朝、三人は宿の前で集まっていた。

 クラリィ、ルークが来て、最後に三本の武器をもったフェミがやってくる。



「おはよう、二人とも。はい、これ。二人に頼まれてたやつ」



 そう言ってフェミはクラリィに短剣と小太刀、ルークに直剣を渡した。どちらもフェミが錬金術を使って修繕してある。

 二人はそれを受け取ると、ほぼ同時にお礼を口にした。



「ありがとう、フェミ」


「ありがとうございます、フェミさん」



 二人が武器を装備したのを確認して、フェミは満足そうな表情を浮かべる。



「どういたしまして。じゃあ行こっか。もしかしたらもうベウロが待っているかもしれないし……って、流石にそれはないか」



 一応、約束の時間までは道のりを考慮してもまだ余裕がある。今から行けばかなり早めに着くだろう。それに加えて今は日が昇ったばかりのかなり早い時間だ。ベウロが既についているとは考えにくい。



「どうでしょうね。本当に待っているかもしれませんよ? 朝は強いと言っていましたし」


「そうなの?」



 フェミはそう聞き、ルークは少し驚いた表情でクラリィを見ていた。



「前の依頼で宿をとった町ではかなり早い時間に起きてきてましたよ。私が朝食を食べているときに起きてきたので」



 ルークもフェミも、クラリィがかなり早い時間に目を覚ますことを知っている。だから、その言葉だけでベウロがかなり早い時間に目を覚ましていたことを察することが出来た。

 クラリィのそんな話を聞いたルークは、集合場所へ向かって歩き出した。



「そういうことならすぐに行こう。本当に待ってたらベウロに悪いし」



 三人が集合場所が見える場所まで辿り着いた時、建物の壁にもたれ掛かっているベウロが手を振ってきた。

 それを見たルークとフェミはボソリと呟く。



「「本当にいた……」」



 ベウロと合流すると同時に、クラリィはベウロに問いかける。



「どのぐらい待ってたんですか?」


「いえ、僕も今来たところですよ。と言っても、まだ約束の時間まではかなりあるんですけどね。皆さんと依頼を受けるのが楽しみで気がいてしまって、かなり早い時間に起きちゃったんです」



 そう言って笑みを浮かべるベウロに、三人とも思わず頬をほころばせた。初めて出来た後輩にこんなことを言ってもらえて、こそばゆい嬉しさがあったのだ。



「なら、早速依頼を受けに行こうか。この時間なら空いているだろうし」



 そう言って進み始めた四人の行き先から、見覚えのある人物が歩いてくる。

 足首まであるコートのフードを被った三人組はどこか近づきがたい雰囲気を放っているが、ルークやフェミ、クラリィからしたらそんなことは無い。

 ルークはそちらへと向かって言って声を掛ける。



「あれ、師匠たちがこんな頻度でここに来るなんて珍しいですね。てっきり、例の魔族の騒ぎで報酬を貰って暫くは来ないものかと……」


「食料の方は大して問題ないんだけど、他の物をいろいろ一新しておこうと思ってさ。そうしたら、どうしてもあと少しお金が必要になったんだよ」



 ルークの問いかけに、ソラは適当に見繕った言葉を並べた。

 本当の目的はミィナとユーミアに必要なモノを買うことだ。

 その後も色々と話をする六人を見て、ベウロはかなり驚いていた。声からしか判断は出来ないが、ネロの声は明らかにまだ年若いものだった。予想通りの実力を持っているのなら、相応の年を重ねているとベウロは思い込んでいた。

 そんなことを考えていると、ふいにベウロの話に移る。



「この子が僕らが一緒に依頼を受けているベウロです」


「初めまして、ベウロです」



 ベウロはそう言って、ぺこりと頭を下げた。



「初めまして、俺はネロ」



 そう言って握手をするための手をソラが差し出そうとしたのを察し、ベウロは咄嗟に口を開く。

 どんなスキルを持っているか分からないネロとの接触を警戒しての事だ。



「クラリィさんと同じ武器を使っているんですね」


「え? あぁ、それは――」



 ソラは一瞬自分の武器に視線を落としてから、クラリィの方へと移動させた。



「私がネロ様と一緒のものを使いたいと言ったんです。ネロ様の武器が私のものと一緒、というよりは私の武器がネロ様のものと一緒といった方が正しいかもしれません」



 ならば、クラリィの動きはネロの動きをまねしたものなのだろう。ベウロはクラリィの言葉に頷きながら、そんなことを思った。

 そうだとしたら、ネロは異様な切れ味の小太刀でクラリィと同じかそれ以上の動きをすることになる。それを想像して、ネロはビトレイがネロを異様に警戒している理由が分かった気がした。

 それから少しの間立ち話をして、ソラが不意に上ってきた太陽をちらりと見た。



「あんまり邪魔しても悪いし、俺たちはそろそろ行くよ」



 そう言い残し、ソラ、ティア、ミラの三人は四人に背を向けて自分たちのやるべきことへと戻っていった。



「僕らも行こうか」


「そうだね」


「そういえば、次の依頼はどうするんですか? ベウロさんの実力の見極めということですし、魔物討伐以外の依頼も一度受けてみた方が良いかもしれませんね」


「僕としては、皆さんと色んな依頼を受けてみたいです。新米の僕にとっては、皆さんの行動の全てが見ていて勉強になりますから」



 そんな会話をしながら、四人は依頼を選びに向かった。





 ルーク達のいる方向から暫く視線をずらさなかったミラを不思議に思い、ティアは首を傾げながらその名前を呼んだ。



「ミラ様?」


「あぁ、いや。何でもない」



 ルーク達は普段と変わりなかった。それなら、ミラが気にしているのはベウロの事だろう。

 そう思って、ソラは聞いてみた。



「あのベウロって子がどうかしたの?」


「音が無かったのじゃよ」


「「音?」」



 思わぬ答えに、ソラとティアが同時にそう呟いた。



「そうじゃ。足音はおろか、着ている物が揺れる音すらかすかにしかしなかった。まあ、隠密のスキルを持っておったようじゃから斥候でもしておるのじゃろうな。その中で自然に体に染みついた技術とみて間違いないじゃろう。しかし、あの年齢であそこまで出来るとは……」



 ミラがそこまで褒めたことに、ソラもティアも驚いた。

 ミラは実力と経験から他人の実力を判断することに長けていた。実力も才能も大きな差があるフェミに錬金術をうまく指南できたのはその影響が大きい。しかし、だからこそミラは他人をほめることを滅多にしない。他人の実力を推測しても、どうしても自分が基準になってしまうからだ。



「ミラ様がそこまで言うのなら相当の実力者なのでしょうね」


「ギルドマスターは人手が足りないって嘆いてたけど、その分そういう子が上位に上がりやすくなっているのなら別に悪い事でもないのかもね」


「案外、場数を踏んでいないせいで才能が開花しておらぬ者が多いのかもしれぬな」



 ミラは何か喉元に引っかかるような感覚を覚えたが、そう言ってその感情を奥へと押し込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る