第02話 戦闘

 作り出された魔族はどれも身体能力が高く、命を失うことに恐怖心を持たずに掛かってくる。しかし、そんな彼らにも弱点が一つあった。それは、「スキルを使用できない」ということである。

 人間たちは一度、『鑑定』スキルを持った者に確認させたことがある。結果は、どの個体も一様にスキルを所持していないということである。

 スキルは生誕する際に、ランダムに発生するというのが通説である。ライリス王国はこれを元に、作り物の生物にはスキルが発生しないという推測を立てた。だから、魔法による遠距離攻撃が飛んでくることはまずない。



「はああああ」



 ライムは両手で持った大剣を振り下ろした。魔族は手に持った武器でその一撃を右へとどうにか受け流し、カウンターを仕掛ける。――が、それは叶わなかった。ライムの一撃を受け流したその刃は重さを増していたからだ。

 ライムのスキル『重力操作』の効果だ。今のライムなら間接的に触れたものであっても、2,3倍の重さに、若しくはその逆にすることが出来る。それはあくまで敵の動きを鈍くする程度だが、今のライムにはそれで十分だった。

 魔族が重くなった武器を持ち上げる前に、ライムの大剣がその首をねた。

 その後、すぐにライムに二体の魔族が迫ってくる。



「ライム!」



 パリスからの声にライムはニヤリと笑い、迷うことなく片方の魔族を力任せに振り払った攻撃で吹き飛ばし、追撃でその命を奪った。

 もう片方の方をちらりと見ると、こめかみに投擲用の刃物が突き刺さっていた。しかし、それはすぐに霧散する。

 パリスがスキル『実幻影』で作り出した剣だ。

 二人は少し辺りを見渡した。近辺の魔族は一通り倒し終わっていた。



「僕は新人の援護に行ってくる。ライムは向こうで戦っている先輩たちの手助けを!」


「了解」



 少しすると、簡単に混戦状態になる。

 だから戦場では指揮官が近くにいない場合は自分の判断で行動しなければならない。

 ライムは自分よりもそう言った判断に長けているであろうパリスの言葉に頷くと、その通りに行動した。それを見送る暇もなく、パリスも自分が思った場所へと向かっていった。





 魔法による遠距離攻撃は飛んでこない。人間がそれを確信できるまで、少しの時間が掛かった。初めは単に魔法による攻撃が無かっただけだったため、予測でしかなかった。それが確信に変わったのは飛行手段を持つ魔族が作られ始めた頃だった。



「放て!」



 その合図とともに、一斉に火属性の魔法が空を舞う魔族へと飛んでいく。レシアは飛んでいく魔法とそれが着弾するまでの時間を予測して、丁寧に調節した魔法を放った。

 着弾した魔族は、手に持っている弓矢と共に墜落していく。

 魔法を使える者の役割は前線で戦っている者たちの支援だ。状況に応じて数で負けている仲間の手助けを、仲間へと降り注ぐ魔法の相殺そうさいを、相手の後方支援者の攻撃を行う。

 魔族は魔法を使える者を作り出せない代わりとして、空からの支援を行い始めた。物理的な攻撃である弓矢は、魔法に比べて飛距離が大きく劣る。しかし、上から下への攻撃なら重力によって十分な殺傷能力を得られる。

 そのため、現在のレシアたち後方支援者の役割は飛行能力のある魔族が仲間を射程距離に入れる前に魔法で墜とすことだ。レシアが魔法を放った後も、多種多様な属性による一斉放射で遠く離れた空にいる魔族は次々と地面へと墜落していっている。

 攻撃が当たっているのは、飛行能力のある魔族が大した回避を出来ないからである。それは作成者が飛行できない種族のせいで上手く動きを魂に組み込めないからなのだが、それを人間は知らない。しかし、例え回避が出来るようになっても今のレシアたちの技術ならば墜とせないことは無い。そう思えるほどに、三年もの間頻繁に戦闘を行ってきた人間側の能力は向上していた。





 空がオレンジ色に染まる頃、戦いは魔族の全滅という形で終了した。

 パリスとライムの様子を確認するためにそちらへとレシアは向かったが、いつもとは様相が異なっていた。一か所に何かを囲うように人が集まっていた。

 レシアがその状況を近くの兵士に訪ねようとした丁度その時、誰かの頬が叩かれるバチンという音が人垣の中心から響いてきた。



「レシア」



 そう名前を呼ばれ、振り返るとライムが立っていた。



「ライムさん、一体何が……?」


「その話は向こうでしよう」



 二人は小さな声でそう言葉を交わすと、ライム指示した場所へと移動した。

 移動先はベッドがずらりと並んでいる一室だ。光魔法の使い手が慌ただしく動き回り、ベッドの上の患者の傷を癒している。



「まさか、お兄様が……⁉」


「心配しなくても、パリスならそれほど重症じゃないよ。もう治療も終わってると思う」


「そうですか……」



 レシアは胸をなでおろしながらそう答えると、そのままライムの後に続いた。





 ライムが案内した先では、ベッドの上にパリスが横になっていた。

 意識もあり、見た所どこかに傷があるようには見えない。



「お兄様、大丈夫ですか⁉」


「うん、僕は大丈夫。ごめんよ、変に心配させて」


「その様子だと一応安静に、って所かな?」


「そうだよ。一応、招集があったら行ってもいいとは言われてる。ガリア隊長が優先的に治療を受けるように手配してくれたんだ。多分、僕がプレスチア大臣の息子だからじゃないかな」


「それは違うってガリア隊長は言ってたよ。ただ単に、パリスが重要な戦力の一人だから早く復帰して欲しいだけみたい。それに関しては誰も否定するようなことは言ってなかったから、気にしなくても大丈夫だと思う」



 それから少しの間を置いて、パリスは口を開いた。



「……あの時僕の周りにいた皆は?」


「ちょっとややこしいことになってる」




 パリスはそれを聞いて、やはりといった表情を浮かべながら難しい顔をした。

 そのやり取りを見ていたレシアは、首を傾げる。



「……あの、何かあったんですか?」



 ライムとパリスは一度目を合わせてから、レシアに説明を始めた。

 全ては、調子に乗った新兵が命令を聞かずに前衛をしようとしたことから始まった。それによって態勢は乱れに乱れ、有利に戦えるようにしていた隊列は崩れてしまった。幸い、ベテラン兵士の活躍によって死者は出なかったが数人が重軽傷を負うことになった。

 その異変に気が付いたパリスは、ライムと言葉を交わした後すぐに駆け付けた。どうにかサポートは出来たものの、結果的には軽傷を負うことになってしまった。



「先輩たちが感謝してたよ。パリスが居なかったらもっと被害が大きかったって」


「……どうだろうね。あの混乱した状況で誰も命を失わなかったのは運が良かっただけ。僕にはそうとしか思えなかった」


「そこまで酷い状況だったんですか?」


「そうだね。先輩方はともかく、暴走して混乱してた後輩たちはほとんど棒立ちだったから」



 そんな後輩たちを庇いながら戦うのは、ベテラン兵士が周りにいるとは言っても容易なことではなかった。

 レシアが怒りの表情を浮かべながら何かを言おうとしたとき、本日二度目の警鐘が鳴った。

 魔族の生成に時間が掛かるためか、今までこんな短い間隔で警鐘が鳴ることは無かった。そのため、自然に砦内が騒めき始める。



「お兄様、これって……」


「うん、多分何かが僕たちの知らないことが起こってる。でも、どの道僕たちがやる事は変わらない。僕たちは僕たちに今出来ることをやろう」



 そう言うとパリスは傍に掛けてある武器に手を伸ばし、ベッドから立ち上がった。

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