第09話 呪い

 ソラ達は、魔物たちによって荒らされたミィナとユーミアの住居を整理していた。



「ミィナ、これはどこにおけばいい?」



 地面へと転がっていた木製の食器を手に、ソラはそう問いかけた。



「それはそっちに。……ティア、それはこっちに置いて」


「分かりました」



 そんな様子を眺め、ミラは口を開く。



「そんなに広い訳でもないし、この人数は必要なさそうじゃな。妾は外に行って修繕する素材でも取ってくるとしよう」



 ミラは至る所に穴が開き、所々に爪を研いだような跡がある壁を見ながらそう言った。

 そのまま外へと向かうミラを見て、ユーミアはどうしようかと一瞬迷った。それに気が付いたミィナはすぐに声をかける。



「ユーミアはミラさんを手伝ってきてあげて! こっちは私がやっておくから!」



 どこか自信ありげで嬉しそうなミィナを見て、ユーミアは手伝えるかどうかは別としてミラの方へ行くことに決めた。



「分かりました。こちらはお任せします」


「うん!」





「ミィナの奴、随分と楽しそうじゃな」



 ユーミアが扉を閉めると、すぐミラにそう声をかけられた。家を出てすぐ近くにある木を背もたれにして、立ったまま書物へと視線を落としている。



「きっと、自分が何かを出来るのが嬉しいのだと思います。ミィナ様はずっと助けられてきましたから」



 ミラはさほど興味なさげに相槌を打ちながら、書物のページをめくった。



「私の手伝いは必要なさそうですね」


「素材と言っても、辺りにはこれだけ大きな木が多く自生している。探す必要も無ければ、修繕するのに時間が掛かるわけでもない」



 そう言いながら、ミラは背もたれにしている木を見上げる。



「出てきたのは必要ないと思っただけじゃ」


「そうですか。それなら私も少し休ませてもらうことにします」



 ユーミアはそう言うと、ミラがもたれ掛かっている木の裏側に腰を下ろした。



「手伝いに行かなくてよいのか?」


「せっかく楽しそうにしているミィナ様の邪魔をするわけにもいきませんから。何もできない歯がゆさは、私も分からないわけではありませんし」


「それは誰でも経験する事じゃと思うがの」


「そうですか? ソラさんやミラさんが同じだとは思えませんけど……」


「力があり過ぎれば疎まれ、なさ過ぎれば蔑まれる。そんな世界で全てを自分の望み通りに動かすなど、ソラにも妾にも不可能じゃ」


「……確かにそうかもしれませんね」



 そう頷くことしか出来なかった。力があり過ぎた故の事象も、力が無さ過ぎた故の事象も見てきたのだから。

 それから暫くの沈黙が続いた後、ミラはユーミアとその使い魔のどこか落ち着きがない様子に気が付いた。



「どうかしたのかや?」


「いえ、何か違和感が……」



 そんなユーミアの言葉を聞いて、ミラは「あぁ」と何かを納得したように頷いた。



「妾の施した呪いのせいじゃろう。余程の事が無ければ感知されるようなことは無いはずなのじゃが……。お主の使い魔は優秀じゃな」


「いえ、別に感知したという訳ではありません。ただ、以前と何かが違う気がしただけです。ここで数日の間生活をしていなければ、気付くことは無かったと思います」


「なるほど、それでか。妾が施したのは上に立つ者に影響を及ぼす呪術の魔法陣。お主の使い魔の性質から察するに、地面から反射する情報が普段のそれとは異なっておったのじゃろうな」


「呪術にそんな効果があったなんて……」


「効果というよりは副作用といった方が正しいがの。これは意図したものではないのじゃからな。強力な呪術であればあるほど、周囲への意図せぬ干渉は発生しやすい。これだけの威力を持つ呪術なら、感知スキルぐらいなら阻害できるじゃろうな」



 そう言いながら、ミラは地面へと視線を移した。ソラやミラのような例外もあるが、並大抵の感知系スキルでは魔法陣の向こう側の情報を正確に読み取ることは出来ない。

 それを聞いたユーミアは、少し考えるそぶりを見せてから首を傾げた。



「……それなら、この場所の地下に空間を作れば見つかることは無いということですか?」


「お主の仮定しておる敵にもよると思うが、早々気付かれることは無いじゃろうな。しかし、それは必要ないのではないか? そもそも見つかりにくい場所を選んでおるのじゃからな。それに、地下で暮らすのは不憫すぎるじゃろう」


「それは……そうですが……」



 歯切れ悪くそう答えるユーミアの視線は、ミィナのいる方向へと向いていた。



「保険というやつか」


「何があるか分かりませんし、それがあるに越したことはありません。それに、一人分ぐらいなら地面を掘るのもさほど大きな手間にはなりませんから」



 ミラは自分でやろうとしているユーミアを見て一つため息を吐いてから、再び口を開く。



「妾がやっておこう。ないとは思うが、せっかく施した呪術に干渉されでもしたら壊れかねぬからな」


「……呪術というのは、そんな簡単に解けるものなのですか?」



 その問いかけをしたユーミアの脳裏には、エクトの姿が浮かんでいた。スキルについて詳しくないユーミアは、ミラの言葉を聞いてもしかしたらエクトの掛けられているそれを解けるかもしれないと思ったからだ。

 しかし、ミラから返ってきたのは期待していたものではなかった。



「掛ける対象による。生物なら対象は体ではなく魂と呼ばれる概念になる。それに干渉することはほぼ不可能じゃから、意図せずに解けることはまずない。体に現れる紋様は表面的なものであり、それをどうにかしたところで何も変わらぬのはそのせいじゃ」



 ミラの言葉通り、呪術師以外が呪術を解くことはほぼ不可能である。ほぼ・・と付けたのは、近くに例外となるスキルの持ち主がいるからだ。



「今回の場合だと解けやすいと?」


「簡単に物理的な干渉が出来る位置に作っておるからな。それに、ここに作ったのは即席のものでしかない。この程度では一年もあれば自然に消える」



 一年持つのが凄いのかどうかの判断はユーミアには出来なかったが、それは気にする必要のない事だった。この先どうなるかは分からないが、迎えが来るまで一年もあれば十分なのだから。

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