第08話 複合

 ソラは二人をハシクの影響の範囲外で待機させ、ミラとティアを呼びに行った。

 扉を開けて真っ先に反応したのはティアだった。



「ご主人様、大丈夫でしたか⁉」


「俺なら大丈夫だよ。心配させてごめん」


「妾は大丈夫じゃと言っておったのじゃがな。そもそもティアよ、お主も大丈夫じゃとは思っておったじゃろう?」


「それは……そうですが……」



 ティアはソラが誰よりも強い事を知っている。だが、自分の唯一の居場所となっているソラが居なくなるとどうしようもなく不安になっていた。それが三年間ずっと一緒にいたせいなのか、安心できる居場所が消えるのが怖いからなのかはティアには分からない。もしかしたらその両方の可能性だってある。

 少ししてから、ティアは再び口を開く。



「すみません、取り乱して……」


「謝らなくていいよ、心配かけた俺が悪いわけだし」


「それで、妾に声も掛けずに飛び出していったのは何用じゃ?」


「移動してから話すよ。そっちの方が都合がいいし」



 ソラはそう話すと、二人が身支度をするのを待ってからユーミアとミィナの元へと戻った。





「なるほどな。それで今、妾が作った小屋が魔物に占領されておるという訳か」



 ソラ、ミラ、ユーミアの三人から事情を聞いたミラは頷きながらそう言った。



「俺が出来るのは一時的に遠ざけるだけだから、ミラに頼もうと思って」


「ま、そのぐらいなら良かろう。ソラはティアとミィナを連れて先に行ってくれ。妾は周囲にいる魔物をユーミアと観察しながら向かう」



 そんなミラの意見に全員が賛同し、ソラ達の姿はすぐに消えた。



「では行くとするかの。準備はよいか?」


「はい、大丈夫です」



 ユーミアはそう答えると、バサリと翼を広げて大地から足を離した。

 ミラはそれを確認してから魔法で宙へと浮き、下にいる魔物が視認でいる程度の高さで移動を開始した。



「ミラさん、魔物を遠ざけるって具体的にはどうするんですか?」


「妾がお主に施したものの応用じゃ」



 そう言いながらミラはユーミアの背中に目をやった。服に隠れて見えないが、ミラによって施された呪術が紋様となって刻まれている。



「これは……一つのスキルなのですか?」


「一つではない。二つじゃ」



 その言葉に驚くユーミアに、ミラは説明を続ける。



「何も不思議なことではない。お主ら魔族も『複合魔法』ぐらいは知っておるじゃろう?」


「え、えぇ。二つの属性を組み合わせることによってより強力な効果を発揮するという……」


「言い方が違うだけで、二つのスキルを同時に行使しているのと変わらぬ。それだけが有名なのはそれらのスキルが魔法という括り付けがされるほど似通っておって、同時に発動しやすいからじゃ」



 スキルを二種類以上持っている者は少なく、スキルの相性によっては同時に発動させても大した効果を発しないモノもある。スキルを重視する人間でさえそんなことを出来る者はほぼいないのだから、魔族であるユーミアがそれを知らなくても不思議なことではない。





 それから少しして、ミラとユーミアはソラ達が待機している木の上部へと辿り着いた。



「それで、どうだった?」


「問題はなさそうじゃな。この辺りに妾のスキルに抵抗できるほどの力を持っておる者はおらん」


「俺たちに手伝えることは?」


「時間稼ぎじゃな。ユーミアは使い魔で魔物を遠ざけてくれ。ソラはその効果が薄い魔物を頼む。ティアとミィナはここで待機じゃ」



 そんな指示を聞いて、ユーミアは首を傾げる。



「ソラさんがいれば、私は必要ないのではないですか?」


「俺のスキルは対象を認識しないといけない。だから自分から近かったり視界内なら難しくはないけど、この状況だと少し時間が掛かる。だからユーミアさんに数を減らしてもらった方が俺としては楽なんだ」



 ソラのスキルは、ソラが認識したものを消すことが出来る。だから、消す対象が決まっているのならば、それが存在する空間を正確に把握しなければならない。近づいてくる魔物を何もない位置に移動させなければならないのならば尚更時間が掛かる。

 もっとも、辺り一面を更地にするのなら話は変わってくるのだが。



「雑に発動させて良いようなスキルではないからな。お主らも一度見ておるのなら、何となく察せるじゃろう?」



 ミラのその言葉に、ユーミアとミィナは納得した。

 そんな二人の様子を確認してから、ミラは口を開く。



「ではくとしようか」



 ミラは、真下のユーミアとミィナが住んでいた住居へと飛び降りた。ソラとユーミアもそれに続き、ユーミアは素早く使い魔へと指示を飛ばす。

 数種類の魔物が三人の存在に気が付いてすぐに襲い掛かってきたが、ソラによって遠く離れた場所へと強制的に移動させられる。そんな二人を横目に、ミラは地面へと左右のてのひらを地面につけて集中する。その手元からは円状の文様が発生し、その直径は徐々に大きくなっていく。

 その様を、ティアとミィナは上から眺めていた。



「ティア、あれは……?」


「多分ですけど、生き物の命を吸い取るためのものだと思います」


「命を……⁉」


「確証はありません。ただ、ミラ様が過去にそういったものを使って魔物を遠ざけていたので……。勿論、私たちやユーミアさんの使い魔にはその効果が及ばない様にはしているはずです」



 ティアが過去にと言ったのは、ソラの出身地である魔女の村に施されていたものだ。

 地下に封印したミラが死なないように、人間以外の生物から生命を吸収して必要最低限のエネルギーを供給する仕組みだ。だからその影響を受ける魔物は村の中へと侵入しようとはしなかった。魔女の村が襲撃されたのは神獣であるハシクを利用した魔族によって、『人間を殺す』という命令を魔物が受けていたからだ。

 つまり、余程の力で無理やり魔物を動かしでもしない限り、魔物がそのスキルの範囲内に侵入してくることは無い。



「そんなことが出来るんだ……」



 そう呟くミィナの視線の先では、不気味な光を放つ紋様がミラを中心に広がり続けていた。

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