第07話 正体

 ソラ達が移動した先は、見渡す限りの平地だった。

ただし、少し離れた所には巨体の魔物がこちらへと向かってきているのが見えている。



「あれは……」


「ユーミア、知ってるの?」


「ソラさん達と出会った日――私とミラさんで行動した時に出会った魔物です。遠目で見えにくくはありますが、従えている上位種が十体は居るはずです。繁殖能力も高くないのに、あんな数で群れているなんて……」


「多分、人里に来ることが無かったから人間から敵視されることも無かったんだと思う。それで、あの魔物の目的とか分かりますか?」


「恐らくですが……ミラさんへの復讐が目的かと。普段は知性が皆無ですが、上位種がいるとなれば話は別です。その場にあった私の匂いを辿ってきたのかもしれません」



 その言葉を聞いて、ソラは驚いた。魔物退治をする中で、嗅覚に優れていた個体も少なからずいた。だが――。



「あの方法で移動をしても匂いが分かるんですか?」



 ソラの移動方法はその特徴故に、匂いで道を辿れるようなものではないはずだった。



「数が多いですから、手当たり次第に様々な場所を探したのかもしれません。その内一体でも風下に来ることがあれば……」



 そう言いながら、ユーミアは辺りに視線を移した。かなりの広範囲にわたって木々がなぎ倒されている場所が点在している。



「随分無茶苦茶な探し方をするんですね」


「彼らは自分を抑制できませんから。一度動き始めたら目的を達成するまで止まらないというのは有名な話です。それだけならまだいいのですが、上位種に知性があるのがまた厄介で……」



 その言葉を聞き、なるほどと頷いてからソラは動き出す。



「ミィナ、ユーミアさん。暫くの間、何があっても俺の傍から動かないでください」


「ソラ、どうするの?」


「倒す。あの様子だと逃げても人里まで下りてきそうだし。それに……」



 それに、今のギルドにあれだけの大軍を相手に出来るだけの力があるとは限らない。

 それを言おうとして、ソラは留まった。

 きっと、ギルドのメンバーなら討伐できないことは無いだろう。しかし、現在はほとんどの人材が出払っている。戦力を集めるまでの間、被害は広がり続ける。それに、犠牲無しでこれらを相手にするのは無理だ。



「倒すって……あの数だよ? そんなこと――」



 心配げにそう声をかけるミィナを、ユーミアは止めた。一度ミラの力を実際に目の当たりにしているからこそ、大丈夫だろうと半ば確信できた。



「どんな方法を使うのかは分かりませんが、ここはソラさんにお任せしましょう」


「う、うん……」



 どうにか納得したミィナを確認してから、ユーミアはソラの方へと視線を向ける。



「ソラさんから離れなければいいんですよね?」


「そうして貰えると助かります。ここに二人を置いていくのも危ない気がしますから」


「分かりました」



 ミィナはソラの服をギュッと掴んでから、一度深呼吸をして答えた。



「うん、私も大丈夫」



 それを確認したソラは、スキルを使って移動する。





「「――ッ⁉」」



 ソラが移動した先は巨体の魔物が集まっている中心だった。それに気が付いた魔物は驚き、ユーミアを見ると同時にさっきを放ち始める。二人が焦りつつソラの方を見ると、目を瞑って何かに集中していた。

 移動するときは、移動先の安全だけでいい。だからそれほど多くの情報を得る必要はなかった。だが、今回は違う。数も多く、攻撃対象も大きい。集中して、消すべき場所を選択していく。

 全てを把握した後、ソラはゆっくりと目を開く。既に魔物たちは近づき、大きく、雑な造りの武器を振りかざしているところだった。周囲には魔物たちの咆哮が響き渡る。



「ユーミア……」



 今にも攻撃されそうなその状況で、ミィナはユーミアの方を見た。だが、ユーミアは魔物ではなくソラの方を見ていた。



「大丈夫です、ミィナ様。今はソラさんを信じましょう」



 数匹の魔物の武器が目前まで迫った次の瞬間、辺りに静寂が走った。思わず瞑った目をミィナが開けると、そこには何もなかった。



「あ……れ……?」



 その景色を見て、ミィナだけでなくユーミアも言葉を失った。何か攻撃をするわけでもなく、一瞬にして全てを消し去ってしまった。薄々ソラのスキルが異次元であることには気が付いていたが、これはそんな予想をはるかに上回るものだった。

 そんな二人を横目に、昇り始めた朝日に目を細めながらソラは口を開く。



「そろそろティアも起きるだろうし、合流しに行こうか。そう言えば、あそこに集まっていた魔物はユーミアさんの使い魔で遠ざけられるんですか?」


「出来なくはないと思いますけど、数が多すぎるので時間が掛かるかもしれません。それに、あの中には知能が高い魔物もいるので私の使い魔で遠ざけるのは危険かと……」


「そっちはミラに任せるしかいないかな。俺は魔物を倒すことは出来ても、遠ざけることは出来ないから」



 ソラのスキルを使えば物理的に遠ざけることは出来る。しかし、それではすぐに戻ってきてしまう可能性もあり、根本的な解決にはならない。

 そんなソラの提案に、ユーミアは不安げに問いかける。



「ちなみにソラさん、魔物を遠ざけるってのは……その……」


「心配しなくても、俺たちの住んでいる場所のとは違うやつです。あれはミラの力じゃできませんから」



 ユーミアはそれを聞いて、言葉を失った。ミラの力で出来ないとなると、他にそれが可能な者がいることになる。ティアにそんな様子はない。つまり、ソラやミラとはまた別の者ということだ。

 ソラ達と敵対せずに済んで本当に良かった。ユーミアは心底そう思った。



「ユーミア、どうかした?」



 ユーミアが我に返ると、ミィナが下から心配そうに表情を覗いていた。



「……ソラさんたちが助けてくれて良かったなと。改めてそう思っただけです」


「そうだね。私たちはソラ達には助けられてばっかり……。何かお礼が出来ればいいんだけど……」


「いいよ、返さなくても。失くしたくないものはあっても、欲しいものなんてないから」



 今いる仲間と生活。ソラはそれ以上の事を何一つとして望んでいなかった。

 そんなソラに、ミィナは少し残念そうな表情を浮かべる。



「そっか……。じゃあ、この先私たちに何か出来ることがあったら言ってね」


「ありがとう、ミィナ」



 ソラは笑みを浮かべながらそう答えた。

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