第11話 頼み事

 ユーミアの話を聞き終え、初めに口を開いたのはミラだった。



「なるほどな。それでこんな場所に二人きりじゃった訳か」


「その魔王と呼ばれている方は一体何を考えているのでしょうか?」


「ただの自己満足じゃろうな。時々おるのじゃよ、力に溺れて命の重さを測れぬ輩が」



 ミラは他者の命さえも力へと変換できる。それを利用していたかつての王国の上層部がどういった考えをしていたかは、わざわざ言葉にするまでもない。

 そして、これにはソラも心当たりがあった。自分の守るべきものに少しでもリスクが発生しようものなら、相手が何であろうが否応なしに排除する。ソラにとっては、どうあがいても理解できない考えだ。

 一方のユーミアとミィナは、そんな三人の反応に戸惑っていた。



「ソラは怖くないの? 私たちの仲間が――魔族が人間を滅ぼそうとしているのに……」


「別に怖くないよ。今までと何も変わらない訳だし」


「今までと……?」


「魔族は自分たちにとって邪魔な存在を排除しようとしている訳で、それをすること自体は珍しい事じゃない。だから今までと何も変わらない。それだけの話だよ」



 魔王の意向に背く邪魔な存在セントライル家は同族の手によって崩壊した。

 国の命令を拒否する邪魔な存在ミラ・ルーレイシルは同族の手によって封印された。

 国が管理しきれない邪魔な存在ソラは同族の手によって故郷を奪われた。

 ソラにとっては今回の件は相手が同族でないだけで、これらと何一つ変わらなかった。



「今のソラさんたちはどちらなのですか? 排除する側なのか、される側なのか」


「両方かな。少なくとも、俺はされるがままなんて耐えられなかった・・・・・・・・


「それには私も同感ですね。耐える以外の選択肢があれば、の話ではありますけどね」



 ユーミア達にとって、魔王と言う存在はあまりに大き過ぎた。対抗することを諦めると即断できるほどに。



「それで、ソラさんたちはこれからどうするつもりですか?」


「悪いけど、あと二日はここに居させて欲しいかな。時間を空けた方が依頼者も安心するだろうから」


「相手が魔族じゃからな。人間にとっての存在を考慮すれば、そのぐらいはした方が良いじゃろう」



 そんな申し入れをユーミアとミィナは受け入れ、ソラ達が生活の手助けをしながらその日を過ごした。





 皆が寝静まった頃、宙に出現させた火の灯りを頼りに本を読んでいたミラの元に人影が現れる。



「何の用じゃ?」


「ミラさんにお願いが一つあるのです」


「ほう……」



 そう呟きながら本をぱたりと閉じると、ミラはユーミアの方へと向き直った。



「今日話した通り、私は戦闘が得意ではありません。ですが、先日のように発見される可能性もあります」


「お主に気付かれんところを見るとかなりの手練れだったようじゃな。それほどの実力者はかなり限られるが、お主の言う通り可能性はゼロではないじゃろう」


「その時の――もしもの時のためにミィナ様を守れるように戦う術を身に着けたいのです」


「それを何故こんな時間に?」


「ミィナ様には聞かれたくなかったからです。ミィナ様なら「自分も」と言いかねません」


「なるほどな、主人を危険に晒したくない訳か。それともう一つ、なぜソラではなく妾に頼む?」


「ソラさんのやり方はスキルに依存していると思ったからです。それは私にはどうあがいても真似をすることが出来ません。ですがミラさんは身のこなしを見ている限りそれだけではないと感じました。だからソラさんではなくミラさんにお願いしてみることにしたのです」


「まあ、正解と言っておくかの。話を聞く限り、すぐに身に着けられる戦闘において扱える術が欲しいという事じゃな」


「無理と言うのなら、これ以上追及するつもりはありません。ただ、ソラさんやミラさんは常識外の力を持っていると思い、可能性があると私が思っただけで――」


「一つだけある。妾にしか出来ぬ唯一の方法が」



 ユーミアは期待していた予期せぬ言葉に胸を躍らせ、それを聞き出そうと試みる。だが、言葉を紡ごうとする直前に人差し指でその口を閉ざされた。



「別にそれをすることに抵抗は無い。じゃが、一つ条件がある。主人を守ることが最優先事項というのは、従者が自分を無下に扱ってもよいという理由にはならぬ」



 月明かりを受けた宝石の様なミラの瞳がじっとユーミアを見つめていた。ユーミアはそれをまっすぐに見つめ返しながら、言葉に耳を傾ける。



「これを使うのは他に手段が無い時だけ。それが条件じゃ」



 ユーミアが頷いたのを確認して、ミラは説明をしながらユーミアに一つの呪術を施した。



「さっきも言った通りそれは一度きりの力であり、基本的には不可逆的なものじゃ。容易に使おうとするな。よいな?」


「やけに心配してくれますね」


「妾にも抵抗出来ぬ時期があったのじゃよ。これはその時の遺物じゃ。良い思い出など一切ない」



 それを聞いて、ユーミアは何となくミラの考えが理解出来た気がした。呪術で条件を設定し、それを満たした場合に自分の命を解放して力へと変換する。そんなことをしてしまえば、誰でも常識外れの力を扱えてしまう。



「それは悪いことをしてしまいましたね」


「気にするな。自分の意思で、後悔の無いように使えるのならそれほど悪いものでもないと今では思っておる。誰が何を言おうと、最終的に自分をどう使うかを決めるのは自分じゃからな」



 ミラのそんな言葉に、ユーミアはクスリと笑った。



「なんじゃ?」


「いえ、大したことではありません。ただ、ソラさんと似たような考えをしているんだなと思っただけです。自分で決める、というのは特に」



 そう言われ、ミラは木窓の外にある星空に視線をやった。



「似ている、と言うよりは似てきたと言った方が正しいのかもしれぬな。ソラの考えには共感できる部分が多い。……境遇のせいかもしれぬな」


「境遇……ですか……」


「気にはならぬのか?」



 ユーミアは首を横に振った。



「もちろん、気にはなります。でも、聞いたところで私とミィナ様は何一つ手伝えることなんて無い。そうでしょう?」


「……」


「自分たちが信頼してもらえればそれで満足です。ソラさんやミラさん、ティアさんが私たちに害をなさないのは、私なりに理解できましたから」


「それなら良いが、お主らの仲間が妾かソラの元に来たら間違いなく全滅じゃぞ?」


「それは大丈夫だと思いますよ」


「随分自信ありげじゃな」


「私たちの仲間を率いているのが、とても優秀な上司ですから。お二人の様な危険な存在に突撃させるようなことはしないと確信できます」


「……あぁ、ハーミスとやらか。それにしても、危険な存在とは随分な言われようじゃな。まあ、否定はせぬが」



 ミラはそう言うと、再び本へと視線を移す。

 ユーミアはそんなミラに一礼してから、元の部屋へと戻っていった。

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