第09話 食材

「まずはこれじゃな」



 背の高い木の枝になっている赤い指先サイズの実を指してミラはそう言った。

 ミラは風魔法で宙に浮かせているティアとミィナを、実がなっている部分へと近づけた。



「これが食べられるんだ……」


「私も初めて見ました」


「元より、人がおらぬところをわざわざ選んだわけじゃからな。今ではこれが市場に並ぶことは無いじゃろう」


「今は、ということは、昔はあったんですか?」


「かなり昔じゃがな。こんなもの、物資が極度に不足でもせぬ限り採ろうとはせぬ」



 その木の実を採るのはさほど難しくはない。木を揺らすことでも簡単に地面へと落とすことが出来る上に、遠距離に干渉できる術があれば容易に採集できる。さらに、一つの木が大きいためにかなりの量が実る。しかし、人間の住まう地域からの距離を考えればほんの少し利益が出る程度であり、積極的に求める必要性は皆無だ。

 三人はその実を採り始め、少ししてミラがミィナの名前を呼んだ。



「ミィナ」


「は、はいっ――」



 不意に投げられた何かをミィナはどうにか受け取った。ミィナが手元に目をやると、不思議な見た目をした袋があった。布や麻ではないそれを、ミィナは見たことが無かった。特殊な素材を使われるマジックバッグの特性上、そうなるのは必然的なことだった。



「それを使え。手で集めるのは無理がある」


「あ、ありがとうございます」



 空中でバランスを崩さないように頭を下げると、ミィナは袋へと採集した実を入れていった。どれだけ入れても袋は一向に重くならず、膨らむことも無かった。だが、中を覗き込むと確かに入れた木の実は入っていた。

 三人は実を採って丁寧に袋へと入れていった。





「ミラ様、そろそろいいのではないでしょうか?」


「そうじゃな。五人分ならこれで十分じゃろう」



 ミラはそう言うと二人を木の実から離し、別の場所へと移動し始めた。三人の高度は徐々に低下し、やがて地面へと着地した。



「ティア、ここらにあるものならお主でも分かるのではないか?」


「はい。比較的知名度の高いものが多く自生しているようですから」



 ミラは辺りを一瞥すると、自分の体だけを宙へと浮かせた。



「妾は他所で採集してくる。ティアはミィナに食べられるものとそうでないものの区別の仕方を教えてやれ。量に関しては妾がどうにかするから気にせずともよい」


「分かりました」



 ミィナが礼を言う暇もなく、ミラはどこかへと移動していった。



「では、私なりに説明しますね。分からないことがあったら言って下さい」


「お、お願いします」



 ティアは辺りに自生しているものの内、食べることが出来るものを一つ一つ丁寧に説明していった。



「……ティア」


「なんですか?」


「その……もっと気楽に話してくれても私は気にしないよ?」



 ティアの口調がずっと改まったものだったため、ミィナはずっと気になっていた。ユーミアはその立場や、幼いころから傍にいたこともあってさほど気にはならなかった。しかし、年齢も近く上下関係にもないティアにそういった言葉遣いをされるのは距離があるようで何となく嫌だった。



「ごめんなさい、これでも崩そうとはしているのですが……。どうしても癖が抜けなくて」


「癖?」


「私は小さい頃からご主人様に助けられるまで、同じ立場で話す相手がいなかったので」


「ご、ごめん。変なことを聞いて……」



 何だか聞いてはいけないことを聞いたようで、ミィナは少し表情を暗くした。しかし、それとは対照的にティアにそう言った雰囲気は一切なかった。



「別に構いませんよ。昔は違いましたが、今は過去の生活をあって良かったと思ってますから」


「良かった?」


「はい。きっとその過去が無ければご主人様に助けられることはありませんでしたから」


「……ご主人様ってことは、ソラは人間の中でも高い立場にいるの?」



 ミィナに対するユーミアやハーミス、パミアと同じような態度をティアがソラに対してとっていたため、ミィナは直感的にそう思った。しかし、ティアは首を縦に振らなかった。



「今も昔も、ご主人様はそう言った立場にはありません。ただのお人好しな人間です」



 お人好しという言葉にミィナは同調する。



「魔族である私やユーミアを助けてくれるぐらいだからね」


「そうですね。昔のご主人様ならどうするかは分かりませんでしたけど……」



 そんな予想外の言葉に、ミィナは思わずピクリと体を反応させた。

 もし仮にソラのいた村が消えていなければ、ミィナやユーミアを手を差し伸べるべき対象と認識するかどうかは分からない。ソラにとって守るべきものは家族以外の何物でもなく、その一件が無ければスキルも今のレベルまで習熟するはずがない。そんな状態のソラの前にミィナとユーミアが現れ、果たして手を差し伸べるような余裕など生まれるだろうか。



「そうなの……?」


「ご主人様が優しいのは昔からです。ですが、ずっと同じ訳ではありません。様々な経験をすれば、考え方も変わりますから。特にご主人様の場合は……」



 ソラは村の仲間を守ると言う一つの目的のためだけに力を求め、王都へと向かった。そんなソラだったからこそ、唯一のそれが壊されてしまった時の衝撃はかなり大きいものだった。

 ミィナがティアの言葉の先を聞くかどうか迷い、少しの間を空けて聞くことに決めた。しかし、そんなタイミングで別の場所で採集をしていたミラが戻って来た。



「妾の方はそれなりに採れたのじゃが、説明は終わったのかや?」


「はい。ここらにあるものは、ですけど」



 ティアはそう言って袋の中身を広げ、ミラに見せる。



「まあ、それだけの種類の説明をすれば大丈夫じゃろう。他にもありはするが、数で言えばさほど問題にはならんじゃろうしな。ミィナは覚えられたのかや?」


「は、はい! ティアが分かりやすく説明してくれたので」


「なら帰ってからユーミアに説明してやれ。多少はソラが助けてくれるじゃろうが、妾たちもずっと助けられるわけではない。お主ら二人で生活できるようにするべきじゃろう」


「確かに皆さんに頼りっぱなしというのも良くないですよね。ありがとうございます、ミラさん」


「うむ。では帰るとするかの」



 ミラがそう言うのに呼応するように、三人の体はふわりと浮いた。

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