第08話 川

 ミラが一本の大木から作り出した家は、さほど広くはなかったものの椅子や机などの家具もある二人で生活するには十分なものだった。

 ミラは五つある椅子のうち一つに座ると、口を開いた。



「落ち着くことが出来たことじゃし、そろそろ事情を聞くとしようかの」



 若干の緊張が走った後に、他四人は席へと向かおうとした。

 その時、キュゥと可愛らしい音が響いた。顔を赤らめるミィナを見て、その場の全員がすぐに察した。ミラは自分で作った木窓を開け、空を見上げる。木々に遮られて見にくくはあったものの、太陽がほぼ真上に位置していることはすぐに分かった。



「ユーミア、ミィナ。お主らはここらに自生している中で、食用のモノを見分けることは出来るのかや?」


「出来ません。この辺りの草木は私もミィナ様も見たことが無いばかりなので」


「ならばその説明からするとするかの。ソラ、お主はユーミアを連れて近くの水辺に案内してくれ。妾はティアと共にミィナに食べられるものを教えてくる」



 その後、ティアとミィナはミラの魔法で宙に浮き、どこかへ向かって飛んで行った。



「じゃあ、俺たちも行きましょうか」


「は、はい」



 ソラはユーミアが準備できたのを確認すると、トンと軽くジャンプした。その体は重力が消えたように高く飛び上がり、途中で突如重力が戻ったように落下を始めた。放物線を描いて飛んだようにも見えるが、完全に重力に対して逆らっているソラの動きは不自然極まりないものだった。

 それはソラがミラから重力という存在を教えてもらい、認識できたからこそできるようになった術である。

 ユーミアは翼を広げ、ソラに急いでついていく。



「今までの様に移動しないのですか?」


「今回はユーミアさんに水辺の場所を教えるのが目的なので、こっちの方法で行きます」



 そう言いながらソラは木々を足場に次々と飛び移っていく。その体はソラが木を蹴ったのと真逆の方向には向かうものの、下方向へ向かう気配は全くない。



「すみません、ご迷惑をお掛けしたようで……」


「別にいいよ、俺がやりたくてやってるだけですから」


「私たちとしてはありがたい限りです。しかし、それはあなたたちが仲間から疎まれる事になりかねないのではないですか?」



 それは至極単純な質問だった。魔族を助けることは、人間と敵対することとほぼ同義である。それでもなぜ助けるのか。ユーミアは純粋にそれが気になった。



「別にいいですよ、それはそれで」



 迷うことなくそう答えたソラは、さらに言葉を続ける。



「魔族を敵と定めたのは俺じゃない誰かです。だから俺には関係ない。守るべき仲間と殺すべき敵は自分で決めるものであって、他人が決めるものじゃない。そう思うから、俺は命令されて誰かを殺すことはしない。それだけの話です」



 セントライル家という大きな集団の一員として過ごしてきたユーミアは、その言葉を酷く自己中心的なものだと思った。しかし、今のユーミアにそれを否定することは出来なかった。魔王という絶対的存在の命令によってセントライル家は崩壊しかけた。一体、どれほどの者が命令に従って望まぬ行動をしたのだろう。

 命令に従うことは、集団行動を行う上では絶対的に正しい事だ。だが、それがどんな主観であっても正しくあり続けられるとは限らない。



「自己中心的な意見ですね」


「そうですね。きっと俺は集団行動が苦手なんだと思います。自分の意思に反して何かをすることが出来ませんから」


「確かに命令に従えないのなら、集団の中では邪魔者扱いです。でも、そんなことを実行できるソラさんが少し羨ましいです。人間も魔族も、単体よりも集団の方が力が出せるから群れる。ソラさんがそこから離れてその言葉を実行できているのは、集団と同等以上の力があるからでしょう?」



 その言葉にソラは答えなかった。確かに集団に頼る必要が無いほどの力があるから、今のように集団から一歩引いても生活できている。だが、そもそもその力が無ければソラは今こんなところにいない。強力過ぎるスキルさえなければ、今頃は母親と共に生活していたはずだ。



「ソラさんがどこまで知っているのかは分かりませんが、ミィナ様にもそういった次元の力があります。ですから、ソラさんがそれなりに苦労していることも何となくですが分かります。それでも自分の意思を貫けるほどの力というのは、私にとっては羨ましいです。この世界は弱者には優しくありませんから」



 もし絶対的強者である魔王に逆らえるほどの力があれば、一体どれほどの後悔をせずに済んだだろう。自分に力さえあれば。それはユーミアが今まで何度もそう思い、その度に自分の無力さを痛感させられた。

 自分の無力を嘆いても、何かが変わるわけではない。嫌というほどに、ユーミアはそれを理解していた。



「きっと、俺の力はユーミアさんが思っている程のものじゃないですよ」


「え……?」


「どんなに力があっても、全てを思い通りにすることなんて出来ない。そんなものがあったところで、皆が助け合うことが正義なこの世界ではそう簡単に使うことは出来ない。一人だけの望みを叶えることは、皆の望みを叶えることはイコールにはなり得ませんから」


「……確かにその通りですね。すみません、変なことを言って……」


「別に謝る必要はないです。確かにユーミアさんの望んでいるような力は存在しない。でも、力が無いからといって望みが何一つ叶わないわけじゃない。それはユーミアさんも分かってるんじゃないですか?」


「……」



 力があればどうにかなったかもしれないことは多々あった。しかし、だからと言って全てが上手くいかない訳ではない。

 ユーミアにとっては最悪とも呼ぶべき展開が続き、多くの者を失った。だが、それでもミィナという大切な存在はハーミスやパミアと共に守り抜けている。



「きっと、皆が妥協し合わないとこの世界はうまく回らない。だから俺は俺なりに線引きをしてる」



 一人一人が違う想いを持って行動しているこの世界で、全員が等しく幸せになれる世界なんて存在しない。

 ソラの言葉は、そう理解して自分なりに解釈した結果だった。



「線引き……?」


「自分が守りたいと思った仲間を殺される事。俺はそれを許容できない。だから――」



 ソラはそれ以上は何も言わなかったが、ユーミアは何となく理解出来た。



『俺の周りに被害が及ばなければ何もしない』



 ユーミアの脳裏に、ソラから投げかけられた言葉がふとよぎった。初めてその言葉を聞いた時、ユーミアは半ば脅しのように感じていた。しかし、今ではその意図が以前よりもきちんと理解出来ていた。ソラと同じように絶対に失いたくないモノがあるユーミアなら尚更だ。

 それから少し移動すると、二人の前方から水の流れる音がかすかに響いてきた。

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