第07話 住処
それから数回移動した後、最初と同じ手順でミラとユーミアは魔物のいる場所へと先行していた。
二人は地面から十メートル以上ある木の太い枝に止まると、地上を見下ろした。そこにいるのは馬のような体で、イノシシのような牙を持つ魔物だった。
「あれならどうじゃ?」
「大丈夫だと思います。魔族領にいる魔物と同じなら、ですが」
ユーミアはそう言いながら、自分の周囲を飛行させていた使い魔を地上から数メートルの高さに移動させた。ユーミアの使い魔はその高さを飛行しながら、地上の魔物がいる方向に向かって音波を発し始める。
そこにいた魔物は、悲鳴を上げながらすぐに四散した。
「あんな角を持っておるのに、随分と臆病なんじゃな」
「角は木を倒したり、地面を掘り起こすために使っているんです。あの魔物の食べ物は地中や木の中にいる虫ですから。それに加えて臆病な性格というのは有名な話です。戦う術を持たないので当たり前と言えば当たり前ですけれど」
「道中であった何かを掘り起こしたような跡はそれが理由という訳じゃな。それで、その臆病な魔物を食する獰猛な魔物はおらぬのか?」
「いないことは無いですけど、その可能性は低いと思います。さっき逃げて行った魔物は足が速いうえに繁殖力が低いですから」
「捕まえるのが困難なうえに、数が少ないとなるとそれも仕方のない話じゃな。さてと――」
ミラは一つ背伸びをすると、再び口を開いた。
「下に降りるとするかの。あまり待たせるわけには行かぬしな」
「下? 元の場所に皆を迎えに行かなくていいのですか?」
首を傾げるユーミアに、ミラは視線を下に移して二人がいる木の根元を見るように促した。
ユーミアがそちらを見ると、そこにはこちらを見上げて手を振る少女の姿があった。
「ユーミア~!」
それに驚きつつ、ユーミアはミラに問いかける。
「どうやってソラさんに伝えたんですか?」
「伝えておらぬ。ただ、ソラが妾たちが魔物を退けたのに気が付いたからこちらへと来てくれただけの話じゃ」
「気が付いたって……」
「今回はソラが移動した場所からさほど距離が無かったからの」
それでも軽く一キロは離れていたはず。ユーミアがそう思っていると、ミラから声が掛かった。
「心配せずとも、お主らが敵対せぬ限りは何も起こらぬ」
「そうは言われても、私たちは魔族で――」
敵対するなと言われても、それは難しい話だった。ソラ達は人間で、ミィナとユーミアは魔族。その時点で敵対しているようなものだ。
しかし、そんなユーミアの言葉にミラは首を横に振った。
「敵対というのは人間に対してではない。ソラに対してじゃ。言っておくが、妾もソラも人間を守ろうなんて微塵も思っておらぬからな」
ソラは全てを守ることを諦めた。
ミラは国のために力を振るうことを辞めた。
二人は現状の静かな生活が自分たちにとって難しい事を知っている。そして、今は現状を維持するために努力している。それは多くの他者のためではなく、自分のためだ。
ミラはそれだけ言うと、太い木の枝から下へと飛び降りた。
「人間を守る……」
ユーミアはミラに続きながら、そう小さくつぶやいた。ユーミアは魔族を守ろうとしている訳ではない。ミィナを守るためにここまで来たのだ。そのせいか、ユーミアはミラの言っていることの意味が少しわかった気がした。
☆
先程まで上にいた木を見上げながら、ミラは口を開いた。
「ここなら食料調達も簡単そうじゃな」
「かなり高い位置にありますけど、木の実も沢山なってますね」
ミラの言葉に、ティアもそう同調した。
その場所は森のかなり深い場所で、周囲の木々は大人の背丈十数人分もあった。枝を伸ばし、実を付けているのはかなり高所である。それに加え、周囲に生い茂っている草の丈は大人二人分は優にある。
「あの程度の高さなら飛べるので問題ありません」
「後は近づいてくる魔物かな。草丈がかなり高いけど、ユーミアさんは魔物に気付けそう? 障害物の先は確認できないって話だったけど」
ユーミアの使い魔は音波の跳ね返りで魔物の場所を察知し、それをユーミアへと多種類の超音波で伝達する。故に音波が反射してしまうような障害物があれば、それ以上先を確認できない。
新しい住処の条件として必要な情報だったため、ユーミアはそれをソラ達に伝えていた。
「上空から監視する形にすれば問題ありません。私の使い魔は飛べますから、この辺りの木で待機するように指示を出しておきます。後はこの辺りに寝床を作るだけですね」
「そうじゃな。ソラ、この辺りに雨風をしのげそうな場所は……」
「あったらそっちに連れて行ってるよ。この辺りはずっと同じような地形が広がってる。もっと先に行けばそういう場所もあるかもしれないけど、生息する魔物の種類も変わってくるんじゃないかな」
「それもそうか……」
仕方ないか。そう思いながら、ミラは再び口を開く。
「ミィナ、ユーミア。お主ら、住居に拘りはあるのかや?」
「私は雨風が
ミィナはそう答えながら、ユーミアの方へと確認の意味を込めて視線を向けた。
「私もミィナ様と同意見です。それと出来ればですが、この周辺の草丈よりも低い場所が良いです。その方が他者からの発見を防ぎやすいですから」
「ふむ……」
ミラはそう呟くと、傍に会った一本の木に手のひらを当てた。
ソラはミラの意図を察し、周囲の雑草を消しながら他三人にミラから離れるように合図を送った。その合図に三人が従うのとほぼ同時に、ミラが手を当てていた木が変形し始めた。
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