第06話 待機

「食べる?」



 そう言われてソラに差し出された手のひらサイズの果物を受け取ると、ミィナは恐る恐る口に運んだ。



「美味しい……」


「お口にあってよかったです。魔族の食事を私たちみたいな普通の人間は知りませんから」


「地理的に離れてるから、俺たちの住んでいる場所とは色々違いそうだね」


「えっと、私の事はもっと簡単に呼んでくれると……」


「それなら私の事もティアと」


「俺もソラで。それと、敬語なんて使わなくていいよ。そんな畏まるような相手じゃないし」


「う、うん」



 ミィナはぎこちなくそう答えると、受け取った果物を再び口へと運んだ。

 そうしながら、人間も自分たちと大して変わらないと言う事に気が付いた。目の前で仲良さげに言葉を交わしているソラとティアは、ミィナが思っていたほど怖い存在ではなかったのだと。

 自分が勝手に怖い存在だと思い込んでいただけ。そう思うと、途端に警戒心が解けていった。



「ソラとティアは仲良いんだね」


「三年も一緒にいるからね。それでも、ミィナとユーミアさんほどじゃないけど」


「……なんで私とユーミアのことを知ってるの?」


「ほら、初めて会った時に三年近くこっち側にいるって言ってたから」



 ミィナはなるほどと納得した。

 人間の領土で三年を過ごしたのならば、それ以上の時間を共に過ごしていると考えるのは自然なことである。



「ユーミアは私にとっては親みたいなものだから……」


「もしかしてミィナ様のご両親は……」


「十年前に亡くなったって聞いてる」



 ティアが自分の呼び方を変えてくれなかったことに若干の悲しさを感じつつ、ミィナはそう答えた。



「すみません、変なことを聞いてしまったようで……」


「ううん、気にしないで。私が生まれてすぐだったみたいだったから、全然記憶になくて……。だから私も悲しいとか思ったことないんだ。ユーミアがずっと一緒にいてくれたから寂しくもなかったし」



 ミィナはそう答えながら笑みを浮かべた。

 その言葉に偽りなど一切なかったが、目の前のティアは申し訳なさげな表情を浮かべたまま目を伏せていた。話を変えようと、今度はミィナが二人に問いかけた。



「ソラとティアは普段何をしているの?」


「俺たちは時々魔物退治をしながら生活してるぐらいかな。それ以外の時は何もしてない。ただ仲間とのんびり暮らしているだけだよ」



 仲間と共にのんびりと暮らす。それはソラが最初から望んでいもので、一度は壊されたものだった。



「魔物退治に関してはご主人様とミラ様だけで、私は何もしてないんですけどね」


「何もしてないことは無いよ。ティアがいないとまともな料理が食べられなくなりそうだし。俺もミラもそっち方面は明るくないから」


「ティアは料理が上手なんだね」


「ご主人様たちが褒めてくださるだけで、そんな大したものではないですよ」



 そんな会話を聞いて、ソラが思いついたように口を開く。



「それなら今度食べてみる? 人間の知り合いが来る事もあるから、俺たちの所に招待するのは無理だけど」


「でも……」



 ミィナは申し訳なさそうにそう呟いた。



「どの道ある程度の手助けはするつもりだから、後で決めてくれたのでいいよ。それに、ユーミアさんがいないと決めにくいだろうし」



 手を差し伸べてくれるソラを見て、ミィナの頭に一つの純粋な疑問が浮かんだ。



「その……、ソラは魔族が怖くないの? もしかしたら人間を……」



 ミィナの問いかけに、少しの間をおいてからソラは答えた。



「俺は我儘わがままだから、自分の守りたいものしか守ろうと思えない。きっと、自分の全く知らない人間が殺されたって何も思わない。どんな力があったって守れないモノがあることを知ってるから、無理に全てを守ろうとなんて思えない」



 ソラのその言葉を受け、ミィナはユーミアの言葉を思い出した。ミィナが傷心したエクトを助けようとしたとき、ユーミアは「どうしようもないこともある」と言っていた。ソラの言葉がそれを理解した上でということはすぐに分かった。今でもそれを理解しきれないミィナには、その言葉が心のどこかで引っかかる。



「だから、自分と仲間を攻撃する気が無いユーミアとミィナは怖くないよ」



 ソラはそう言って笑みを浮かべた。ソラの言葉は攻撃してくれば容赦しないと言っているようなものだが、ミィナに不思議な安心感を与えていた。

 その時、何かの咆哮が辺りに響いた。聞こえてきた方向から、それがミラとユーミアが向かった方向だと言う事は三人ともすぐに理解出来た。



「ソラ!」


「大丈夫だよ、向こうにはミラがいるから」



 ソラのその言葉のすぐ後、地面が大きく揺れた。

 驚きながら咆哮が聞こえてきた方向に視線を移すと、円錐のようなものがいくつか森の木々よりも遥かに高い位置まで突きあがっているのが見えた。



「あれは……」


「きっとミラ様の仕業ですよ」


「あそこまでしないと倒せないような魔物がいたのなら、すぐに戻ってくるんじゃないかな。ミラが攻撃に転じたってことは、ユーミアさんの策が通用しなかったってことだろうから」


「そう……だね……」



 ソラとティアの言葉を受けても、ミィナの心配げな表情が晴れることは無かった。ティアはそんなミィナに声をかけようとしたが、ソラがそれを止めた。



「ご主人様?」


「こういうのは実際に会わないと落ち着けない。今声をかけても大して変わらないよ」



 そう言われて、ティアは再びミィナの方へと視線を向けた。ミィナの姿を見たティアの脳裏にいつかの景色が頭をよぎる。自分の目が届かないところで、大切な人が危険な目に合っている。魔女の村が燃えていた時のソラもそんな状況だった。

 それから少しして、ミィナの表情は明るくなった。木々の陰からユーミアが戻ってきたのが見えたからだ。それとほぼ同時に、ミィナはユーミアの方へ向かって走り出した。

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