第03話 対話

 スキルでユーミアの記憶を覗いたソラは、ユーミアたちが人間に直接的に害をなすつもりがないことを悟った。



「ミラ」



 ソラの言葉を受け、ミラはユーミアへと伸ばしていた土の槍を崩す。



「それで、なぜ魔族がここにおるのじゃ?」



 その質問はユーミアに対してではなく、ソラに対してのものだった。

 ユーミアが疑問を抱く中、ソラは何事もなかったかのように答える。



「逃げてきたらしいよ。俺たち人間からじゃなく、他の魔族から。色々あるけど、原因の一つは――」



 そう言いながらソラは洞穴がある方向へと視線を向けた。

 その先にいるのは、明らかに危険度の高いスキルを持つミィナである。



「妾たちと似たような理由というわけか。人間も魔族もやることは変わらんのじゃな」


「あなたたち、一体何を言って――」



 そんなユーミアの疑問を気にも留めず、ソラは少し考える。ミィナとユーミアは人間に対して悪感情を全く持ち合わせていないという訳ではない。それに加えて魔族と関わるということはリスクでしかなく、何かあった時に問題が自分たちだけで収まるとは限らない。



「さっきも言った通り、俺たちは目撃報告を受けてここに来た。でも、あなたたちが移動するなら人間側には何も言わないし、多少は手伝う。ここから動かないというのなら、二人とも拘束して人間に差し出す」


「……あなたたちを信頼に足る人物だという証拠は?」


「ありません。俺にとってはあなたたち二人よりも自分の仲間と生活の方が大切です。変に魔族を庇って人間に疑われるぐらいならあなたたちを売る。ただ、二人がここにいた形跡を完全に消して移動するなら、俺たちはどうとでも言い訳が出来る。それだけの話です」


「……分かりました。それで、私たちの潜伏先に心当たりはあるのですか?」


「妾たちだって絶対に人間に見つからない場所など分からぬ。じゃから大体の地形と、人間が集まる村や町の場所を教える。後はお主らが自分で考えるがよい。何か質問があるのならば聞くが……」


「それでは一つだけ。なぜ私たちを助けようとするのですか? あなた方にとってはただ足手まといなだけでは……」



 その言葉には、ソラが答えた。



「ただの同情です」





「おかえり、ユーミア。突然出て行ったけど、どう――」



 そこまで言ってミィナは口を閉ざすと同時に、ぎょっとした。その隣に三人の得体のしれない者がいるのだから当たり前である。そんなミィナに、ソラはフードを外しながら口を開く。



「俺はソラ。こっちはティアとミラ」



 ソラにならい、ティアはフードを外してぺこりと頭を下げる。それに続いてミラもフードを外す。



「人……間……?」



 会ったことはなくとも、ミィナはソラと違って人間に対してあまり良い印象を持っていなかった。ミィナにとっての人間はエクトの父を、故郷の仲間を殺した相手。それ以上でも、それ以下でもない。



「ミィナ様、事情は後でお話しします。今は彼らの指示に従うべきです」


「う、うん。ユーミアがそう言うのなら……」



 ミィナの賛同を確認したユーミアは、ソラの方へと視線を向ける。



「それで、私たちはどうすれば?」


「必要な荷物だけ持って外へ出てください」


「私たちがここにいた痕跡はどうするのですか?」


「それは俺たちの方でやります」



 若干の疑問を抱きつつも、ミィナとユーミアは荷物を持った。荷物と言っても、替えの服などの必需品のみで、ミィナとユーミアの両手で事足りるほどの量だった。どれもボロボロで、今も使っているとは思えないものばかりだ。

 洞窟の外へと向かいながらティアが口を開く。



「……どのぐらいの間ここにいたのですか?」


「およそ三年です。一応目印は付けているので、数えれば正確な日数まで分かるはずです」



 そう言いながらユーミアが視線を向けた壁には、一本の縦線に交差して四本の横線が刻まれた傷跡が無数にあった。一日が経過する度に一本ずつ線を付け加えていたのだ。

 洞窟から外へと出ると同時に、ミラは振り返って洞窟の入口へと手を伸ばした。それに呼応するように、周囲の地面が揺れる。予想外の事態にミィナとユーミアは身を寄せ合ったが、すぐに洞穴の入口が徐々に狭まっていっていることに気が付く。やがて洞穴の入口があったはずの場所はただの岩の表面としか見えなくなった。



「ユーミア、これは……?」


「恐らくスキルによるものかと……。私もこんな強力なものは見たことがないです」



 錬金術。それはさほど珍しいスキルではない。ミラのスキルは確かに規格外ではあるが、二人の驚き方は威力に驚いたのではなく、錬金術というスキルを初めて見たような驚き方だった。

 それに首をかしげるソラに気が付いたミラが、説明するように口を開く。



「王国とギルドにあるスキルを調べるアレは妾が作ったもので、魔族側には十中八九存在せぬ。魔族が自分のスキルを知るためには偶然発動するのを待つしかないのじゃろうな。鑑定スキルを持つ者がおったとしても、意識して使わぬ限りは発動することは無い。何より、魔族にはスキルが必要ないほどのモノが備わっておるのじゃからその存在も大して認知されておらんのじゃろ」



 そう言いながら、ミラはユーミアの翼へと視線を向けた。風属性の魔法を使えば宙に浮くことは不可能ではない。だが、明確に空を飛ぶという効果を持つスキルは存在せず、魔法を使ったとしてもかなり難易度は高い。つまり、魔族の身体能力がスキルを上回ることもさほど珍しくない。そう考えれば、魔族がスキルを重視しないのも頷ける。

 それに対して納得気な表情を浮かべるソラに、ミィナは若干怯えながら声をかける。ミラの見せたそれで、明らかに自分たちとはレベルが違うことを悟っていた。



「あの……私とユーミアはどうすれば……?」



 その問いかけにはソラが答えた。



「人間が住んでいる地域を教えるから、後は自分たちで考えて見つからないように行動してほしい。俺たちは仕事柄人が住んでる場所を細かく把握できてるから」


「仕事柄と言ってよいかは疑問じゃがな。大抵の者はこんな低報酬な仕事望まぬようじゃし」



 そんな緊張感のない会話に、ユーミアの警戒はほぼ溶けていた。その主な原因は三人の会話ではなく、ソラやミラ、ティアがユーミアとミィナを全く警戒していないことである。

 それは油断しているのではなく、警戒する必要がないからであろうことはすぐに分かった。だから、ユーミアは自分が警戒することが意味をなさないことを理解出来ていた。

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