第02話 対峙

「見つけた」



 少し油断すれば方向が分からなくなりそうな森の中で、数回の移動を繰り返したのちにソラはそう呟いた。



「ご主人様は流石ですね」


「流石も何も、ソラの感知範囲を考えれば見つけられない方が不自然と思うのじゃがな。それで、相手は魔族なのかや?」


「額から角が二本生えてるから少なくとも人間ではないと思う。それともう一人、背中に蝙蝠の羽みたいのが付いてる魔族がいる」


「その人数ならば戦争関連の事ではなさそうじゃな。正直、そう言った目的で来ている魔族と言う可能性もあると思っておったのじゃが……」


「ギルドマスターがすぐに対応しなかったのは見た目が子供だったからじゃないですか?」



 ソラ達がギルドに来るのを待って依頼を出したという時点で、さほど緊急性を感じていなかったことは明白である。

 それに対し、ティアはそんな推測を立てた。



「そうかもしれぬ。戦地に子供を送り込むなど、正気の沙汰ではないからな」


「それで、見つけたのはいいけどこれからどうしようか? 出来れば事情を聴きたいんだけど……」


「事情は捕らえてから吐かせればよい。というのが普通の人間の思考なのじゃろうが、生憎なことに妾もソラもあまり乱暴な手段は望んでおらぬからな。……ソラよ、念のために妾が視認できる場所まで移動してくれぬか? 戦闘で負ける事は無いとは思うが、一応スキルぐらいは確認しておきたい」



 その言葉を受け、ソラは三人が身を隠すことが出来る茂みがあり、且つ視認できる場所まで移動した。





「この距離で見える?」


「問題ない。妾の視力ならばな」



 ミラの体は普通の人間のそれとは異なる。かつてミラを危険視し、封印をすることを決定した国王・・はその依り代を必死で探した。ミラの持つスキルの性質上、命を奪うことは脅威の排除にはならない。そこで年月を重ねて劣化することのない依り代が必要だった。しかしそれを作れる者も、魂を物質に縛り付けるほどの強力な呪術を扱える者もミラ以外に存在しなかった。王国が素材を探し、最強とも呼べる錬金術師が作る。その結果が今のミラの体である。

 ミラが目を細めて覗き込んだ先にあったのは洞穴だった。さほど深い訳ではないが、地形や草木のせいで発見しにくい位置にあるため隠れ住むには丁度良い場所と言える。



「メイドの方は『隠密』しか持っておらぬな。子供の方は――」


「……ミラ?」


「『死の霧』。恐らく、即死効果のあるスキルじゃろうな。また随分と奇怪なスキルを……」


「一応逃げる準備はしといたほうが良さそうかな」


「そうじゃな。霧と言う時点でソラのスキルならばどうにか出来る可能性が高そうではあるのじゃが――」



 次の瞬間、ソラとミラは自分たちの存在を感知されたことを察した。



「かなり高レベルな感知スキル――は持っておらぬから違うじゃろうな。そこらに隠れておるの魔物の影響じゃろう。それでソラよ、物凄い速度でこちらへと向かって来ておるようじゃがどうする?」


「極力戦闘は避けたいから――」



 そう言いながらソラは両手を挙げた。それを見たミラはやれやれと言った様子でソラの真似をし、ティアもそれに続いた。やがて背後から刃を首元に当てられ、女性の声で問いを投げかけられる。



「……何の真似ですか?」


「俺たちはここに魔族がいるって噂を聞いてここに来た。もし戦意を持ってここにいるのなら事実をありのまま報告する。でもそうでないのなら事を荒立てるつもりは無い。だからその確認をさせて欲しい」


「誰が人間の言葉を――」



 そこまで言ったとき、ユーミアは自分が死にかけていることに気が付いた。円柱の形に盛り上がった土の切っ先が自分の首元まで迫っている。



「先に言っておくが、妾たちにとっておぬしは脅威にはなり得ぬ。あまり攻撃的な思考はやめた方が良いと思うのじゃが。無論、それが出来ないのなら止めはせぬが……」



 止めはしない。その忠告を無視した先にあるのが死だということをユーミアは察した。

 そして、それに恐怖すると同時に一つの疑問が頭をよぎった。



「……あなたたちは私を・・殺しに来たのではないのですか?」


「場合によってはそうなる。俺たちはこの周辺で魔族を見かけたって話を聞いて事実確認に来た。攻撃されれば反撃するし、仮に魔族なら捕まえるように指示されてる」


「じゃが、妾たちは魔族に対して嫌悪感を持っておらん。じゃから、やろうと思えば今すぐにでも制圧できるお主ら・・・の様子を窺っておるのじゃよ」



 放置、とはいってもユーミアへと伸びた土の槍はそのままだ。

 ここには二人しかいないし、ミラが言った通り他の魔族とつながっているとは考えにくい。とは言え、ソラやミラのように例外的なスキルは存在する。ましてや相手が魔族となれば、ユーミアが今使っている爪のような特殊な身体能力があるかもしれない。ユーミアの事情を知らないミラにとって、それは至極当たり前な行動だった。



「降参します……と言っても信じてもらえませんよね。私としても見逃してもらえるのならありがたいのですが、どうすればよいのですか?」



 その言葉に、ミラとティアの視線がソラの方へと向いた。それを受け、ソラはユーミアの方へと進み、肩へと手を伸ばした。



「そのまま動かないでください。すぐに終わります」



 多少の恐怖心を抱いたものの、ユーミアはそれに従うしかなかった。ミラの「お主ら」という発言でミィナの存在にも気が付いていることは明白だからだ。

 そうでなくとも、隠密スキルを使って近づいたにも拘わらず事前にそれを察知され、純粋な戦闘においてもミラには勝てないと理解したユーミアに抵抗するという選択肢は残っていなかった。さらに言えば、あり得ない速度で自分たちへと接近してきたソラ達から逃げ切るという選択肢も存在しない。

 ソラはユーミアに触れるとともに、スキルを使ってその記憶を読み取った。

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