第一章 遭遇

第01話 依頼

 ソラ達がギルドに来てから三年が経過しようとしていた。ギルドで生活をしている人々も慣れたのか、ネロがギルドに現れても騒ぐことは無い。その景色が、ギルドで自然なものとして受け入れられていたからだ。

 いつものようにソラ達がギルドへと足を運ぶと、ギルドマスターに呼び止められた。



「ネロ、少し話があるんだが――」



 三年に渡る付き合いのせいか、ギルドマスターはフードの下で面倒くさそうな表情をしているのを何となく察した。



「待て待て、断ろうとするな。今回のは頼れそうなのがお前らぐらいしかいないんだ。話だけでも――」



 いつにもなく切羽詰まった様子のギルドマスターを見て、ソラは二人に視線を向ける。ティアは素直にうなずき、ミラは一つため息を吐いてからやれやれと言った感じで頷いた。

 ギルドマスターに続き、三人は奥の部屋へと向かう。



「それで、俺たちへの頼みって言うのは……」


「とある冒険者の話なんだが、森の中で少女らしき人影を見かけたらしいんだ」


「その捜索を妾たちに?」


「あぁ、そうだ。だが、少し引っかかることがあってな。その冒険者の話では、件の少女は蝙蝠型の魔物と一緒に行動していたらしいんだ」



 その言葉で事情を察し、ソラが口を開いた。



「魔族という事ですか……?」


「あくまで可能性の段階だがな。聞いたこともねぇがそれがスキルによるものって可能性もあるし、冒険者の見間違いって可能性もある。だが、少なくともギルドにそんなスキルを持った奴はいない」


「要は魔族である可能性が濃厚なわけじゃな」


「そうだ。だが、不確定な情報のために国に出ている実力者を引っ張ってくるわけにもいかねぇし、今ギルドにいる実力者は一人でも抜ければ困るような状態だ。少しでも依頼を疎かにすれば魔物の被害が出かねない」



 ライリス王国は、三年後の脅威をギルドマスターへと伝えていた。その期日がすぐそばまで来ている現在、ほとんどの冒険者が王国へと行っていた。だが、実力のある物から順に王国の支援に向かわせてはギルドに来る依頼を処理しきれない。そこで、実力と経験を兼ね備えたトップクランである『ロート』と『デスペラード』だけが戦争に不参加とし、需要が異常に跳ね上がった冒険者業を請け負っていた。無論、ギルドに残った者に休む余裕などない。



「そこで自由に行動が出来る俺たちに白羽の矢が立った、ということですか?」


「お前らはギルドに所属しているわけじゃないから受けても受けなくても俺は何も言わない。ただ、お前らが受けないのならルーク達に話が行くことになる。戦争に駆り出さない年齢層の中では相当な実力者だからな。特にクラリィは他のクランからの勧誘もあるって聞いてるぐらいだ」



 ソラ達と共にクラン『ロート』に挑んだ時、ルークの事もそれなりに話題になった。だが、受ける依頼が簡単なものばかりだったために大した評価は受けていなかった。後にクラリィが加わり、戦争に駆り出される熟練の冒険者の穴埋めをする形で難易度の高い依頼を受ける中でその評価は急激に変化していた。

 未だ不完全と言えど、複合魔法まで扱えるクラリィの評価はかなり高い。



「仮に魔族だった場合、俺たちはどうすればいいんですか?」


「一番の理想は拘束して王都まで運ぶことだな。運ぶのはこっちでやるから、生かしたままギルドに連れて帰ってくれればいい。次点は殺すことだ。嫌悪感を持っているのは人間だけじゃない。そのまま放置すれば人間に危害を加えることも考えられる」



 その言葉にソラは顔をしかめた。命令によって命を奪う。その行為はソラに、どうしようもない程の嫌悪感を与える。



「人間だった場合はどうすればよいのじゃ?」


「その場合は報告だけでいい。あまり危険な場所じゃなかったから、迷子って可能性もなくはない。その場合は連れて来てくれ、後はこっちで面倒を見る」


「ご主人様たちが探したうえで見つからなかった場合はどうするのですか?」


「その時は見間違いってことで済ます」


「よいのか? 見間違いで済ましてよいことではない気がするが……」


「そんだけお前らを信頼してるってことだ。それで、依頼は受けるのか? 危険な可能性が高いから結果がどうであれそれなりの報酬は出すが……」



 仮に人間に対して好戦的な魔族だった場合、ソラ達が断ればルーク達が相手をすることになる。そうなれば、ほぼ確実にルーク達が大きな危険に晒されることになる。それも、事前にある程度の情報がある魔物討伐の依頼以上の――。

 ソラが答えを出すまで、さほど時間は掛からなかった。



「お受けします」





 ソラ達は話を聞いた後すぐにギルドを出た。



「それで、魔族だった場合はどうするのじゃ?」


「その時に考えるよ。会ったことないからよく分かってないし」


「ギルドマスターの言葉通りにするつもりは無さそうじゃな」


「……まあ、そうなんだけどさ。俺は魔族に対して何とも思ってないし、別に無理してまで対立する必要は無いかなって。戦争なんてしている時に、こんなこと言うべきじゃないのかもしれないけど」


「私はご主人様らしくていいと思いますよ」


「そもそも妾たちはその戦争とは無関係じゃ。気にすることもあるまい」


「そうだね。それで、この依頼どうしようか? 仮に魔族が見つからなかった場合、一日で終わらせると信じてくれなさそうな気がするんだけど……」



 ギルドマスターから提示された場所はかなり曖昧で、捜索する範囲はかなり広い。ネロのスキルが未知の強力なものだと周知されていたとしても、さすがに一日で帰ってくるのは不自然過ぎる。



「ギルドマスターなら信用してくれそうな気もしますけど……」


「二、三日掛けて依頼を遂行すればよかろう。妾たちが何らかの移動手段を持っておることは周知の事実なわけじゃし、そのぐらいすればギルドの連中も安心するじゃろう。食料は自生している果実でも食べればどうにかなるじゃろうし、野宿する分には大した問題はない。ティアのバッグにもないことはないじゃろうが……」


「一日分しかないです」


「じゃろうな。もともと一日で終わらすつもりだったのじゃし」


「じゃ、三日かけて依頼を遂行するってことで」



 ソラのその言葉に、ティアとミラは頷いて見せた。

 三人は人目の届かない場所へと移動してから、ソラのスキルを使ってギルドマスターから聞いた目撃場所付近へと移動した。

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