第08話 再開

 その日、ハーミスはユーミアとミィナの元に食事を運び、作戦を伝達していた。



「……つまり、私とミィナ様はその木箱に入れば良いのですね?」


「あぁ、そうだ。落下の衝撃はかなりのものだ。だから、ユーミアはミィナ様を連れて落下を始めると同時に木箱から飛んでくれ」


「分かりました」



 それから少し間を空けて、ハーミスは歯切れ悪く言葉を紡いだ。



「ミィナ様、スキルの持ち主に会わせることは出来ます。ですが、私の見た限り何らかの術で洗脳状態にあると思います。私もユーミアも、ミィナ様にもそれを解く手段はありませんし、護衛がいるため近づくことすらできません。それでも――」



 それでも会うのか。そう問おうとしたハーミスだったが、ミィナの表情を見てそれが愚問であることを悟った。



「それでも私は会いたい。会っておきたい」



 そう話すミィナの瞳は力強く、真っすぐなものだった。





「後は適当に兵を作るだけ、でしたよね?」


「はい。手伝っていただきありがとうございました、イサクト様」


「なに、私は魔王様に言われた通りにしただけさ。君と話すのも案外楽しかったしね。色々とためになったよ」



 ハーミスの立てた作戦に必要なモノは兵を除いて準備を終えた。

 残りの時間はスキルによって兵隊が生成されるのを待つだけである。そしてまさに今、ハーミスの目の前でそれは行われていた。二人の護衛を引き連れた少年は両手を伸ばし、その場所に次々と魔族の体を作り出している。

 その場所に、イサクトの同僚がやってきて手招きをする。



「っと、そろそろ時間か。ではハーミス君、後は頼んだよ。……とは言ってもやる事はないだろうけど」


「念のためここで様子を見守っておきます。イサクト様はこちらを気にせず、会議を楽しんできてください」


「あぁ、そうさせてもらうよ」



 イサクトは数人の部下を連れてその場を去った。

 その姿が完全に見えなくなったのを確認してから、ハーミスは別部屋で待機していたミィナとユーミアの元へと向かう。合流するとすぐ、二人を連れてエクトが魔族を作り出している部屋へと戻っていった。道中、ミィナの顔には様々な感情が入り混じった、なんとも言えない表情を浮かんでいた。



「……」



 ミィナは久方ぶりにエクトの姿を見て、言葉を失っていた。特に不健康そうな様子はなく、寧ろ貧困街にいた頃よりも幾分健康そうに見える。

 しかしその瞳に光は無く、ミィナの知っているそれとは完全に異なっていた。

 徐にそちらに向かって歩き出すミィナだったが、途中でその手をハーミスに掴まれる。



「ミィナ様。彼の護衛は私の指示で止めることが出来ませんし、間違いなく私程度では歯が立ちません。それ以上は近づかないでください」


「うん……」



 ミィナが止まったのを確認して、ハーミスはその手を戻した。

 それと同時に、ミィナはゆっくりと語りかけ始めた。



「……エクト、私のこと分かる?」


「……」


「エクトはお父さんを生き返らせたかったんでしょ?」


「……」


「でも、今やってるのはそうじゃないよね?」


「……」


「今やっていることは、エクトがやりたいことなの?」


「……」


「私にはそうは見えないな……」


「……」


「だって、今のエクトは全然必死じゃないから」


「……」


「エクトが好きなことやってるときはそんな顔じゃないの、私は知ってるよ」


「……」



 それからもミィナはエクトに語り掛け続けた。しかしエクトは一切の反応を見せることはなく、ハーミスとユーミアはただ見守っていた。その間にも、エクトの作り出す兵隊は増え続けていく。

 それからかなりの時間が経過してから、足音が近づいて来る。それに最初に気が付いたのはハーミスだった。



「ミィナ様、そろそろ……」


「……ごめん、あと少しだけ――」



 ミィナはそう言うと、エクトへ向かって再び言葉を紡ぐ。



「エクトが嫌がっても、私はいつかエクトを元に戻しに来るから。エクトのお父さんにも頼まれたし、それに……これ以上私の周りが寂しくなるのは嫌だから」



 ミィナの育った街は消え、今ではユーミアとエクトしか残っていない。エクトが父親であるグラスの死を許容できなかったように、ミィナもこれ以上の喪失を今日できなかった。



「ミィナ様、急ぎましょう」



 ユーミアはそう言いながらミィナの腕をつかんで静かに走り出した。



「ユーミア、ミィナ様を頼んだぞ」


「はい、お任せください」


「ハーミス、色々ありがとう」



 ハーミスは、ミィナのその言葉に違和感を感じながら笑みを浮かべて仕草で返事をした。自分はミィナに感謝されるべきではないのではないだろうか。ユーミアに手を引っ張られながらエクトに視線を送るミィナの表情を見て、そう思わずにはいられなかった。





 ミィナとユーミアは、ハーミスから指示された道通りに進み、誰もいない空間へと辿り着いた。そこには数個の巨大な木箱が置いてあった。

 それらの木箱には大人一人分の出入り口が付いており、その出入り口には簡易な扉が設置されていた。



「確か場所は……」



 ユーミアはハーミスから聞いた話を思い出しながら、ミィナと共に一つの木箱の中に入った。

 その後、木箱の一面を手で確かめ始めた。すると、とある場所でグッと奥へと入り込むところがあった。その木箱の一面は二重壁になっており、壁の一部分が回転する形で奥へと入れるようになっていた。

 奥行きは人一人分しかないが、二人が短時間の間身を隠す程度ならさほど問題はない。

 後はその時が来るまで待つだけだ。

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