第07話 前段階

 ハーミス達は砦の中のかなり広い空間へと移動していた。余程無関係の者に見つかりたくないのか、道中で他の魔族に会うことは一切なかった。移動したのは、ハーミスの考えたいくつかの実験を実行するためだ。

 それはハーミスにとって自分の作戦がきちんと実行できるかどうかを確認する意味と、ミィナとユーミアの言うエクトと呼ばれる少年と実際に会うことを目的だ。

 そして、今、ハーミスの目の前にはエクトがいた。



「イサクト様、彼の左右にいる二人は一体……?」


「魔王様が派遣された護衛だよ。君は知らないかもしれないが、魔王様が護衛を派遣する事なんて相当珍しいんだ。それだけ彼には期待しているんだろうね」



 イサクトは見慣れているせいか、それ以上の感想を口にしなかった。



「彼に危害を加えようとする者を排除する、といったところですか?」


「いいや、違うよ。危害を加えようとしたものではなく、近づいた者だ」



 ハーミスは魔王が精神に干渉する術を持っていることを、その身を以って実感していた。だから同じ目をしている三人を見て思った。

 彼らの行動が自我でよるものではないのだろう、と。



「そこにいる三人は私の命令しか聞かない。だから彼のスキルを試すのなら、私を通して出なければ実行できない。……あぁ、それと一応言っておくとそこの護衛は相当の実力だよ。護衛が二人しかいない時点で、魔王様に認められている君なら察せているだろうけどね」



 その言葉通り、護衛の二人は実力者である。魔王の愚行に気が付き、楯突たてつこうと思えるぐらいには――。



「それでは早速彼のスキルを試させて欲しいのですが……」


「あぁ、構わないよ。そう言う約束だからね。それで、まずはどうすればいいんだい? それを使うのは大体想像がつくが……」



 イサクトが視線を向けた先には、成人が百人は入れるであろうサイズの木箱があった。



「私の策はこの中に兵を入れて、人間の領まで移動させることです」


「ふむ、確かに魔王様が喜びそうな策ではありますね。ですが、これなら一人一人移動させるのでも問題ないのでは?」


「イサクト様が仰った通り簡単な命令しか下せないのなら、一か所にまとめていた方が都合がいいと思いまして。彼が視認できない場所でも正確に移動させられるというのなら話は別ですが……。それに、移動させる対象は少ない方が彼の負荷も小さいのでは、と考えた次第です」


「そいういうことでしたか。ならば今から行う実験は――」


「物体を移動させる条件の確認をするためです」



 そこからは淡々とした作業が始まった。

 まず初めにしたのは、移動距離の限界値の確認だった。結果から言えば、百メートル程度であった。それでは人間の領地まで遠く及ばないが、それは一度の発動での話である。



「……すごいですね、彼のスキルは。連続発動をする際のインターバルがほぼ無いなんて」


「それは普段している私たちの実験の成果だと思うよ。私達科学者は効率を追い求める。だから、彼には出来る限り耐久力と持続力を付けるようにしていたんだ。それはそうと、いくつか欠点が見つかったけど君の策に影響はないのかい?」


「この程度なら大丈夫です」



 エクトが『属性(白)』を使って実験する際の欠点。

 一つ目は自分を中心としてしか移動させられないと言う事。スキルを使って作り出す物体は常にエクトの周辺で生成される。それは距離を作り出す際にも適用され、自分との距離しか作り出せない。移動させるというよりは、自分から遠ざけると言った方が正しいかもしれない。

 二つ目は視認できていなければ発動させられない事。これはエクトが感知系のスキルを有していないことを考慮すれば、至極当然の結果である。

 それを確認した上で自信ありげなハーミスに、イサクトは「ほう」と呟いた。



「では、その方法とやらを教えてもらおうか」


「彼のスキルのインターバルはほぼゼロであり、連続使用すればスキルが扱えないほどに疲労するまで距離を作り続けられる」


「だが、彼は視認していなければその方法でスキルを行使できないだろう? いくら瞬間的に超長距離を移動させられるとは言っても、砦の向こうまで運ぶのは不可能だと思うが……」



 イサクトのその問いかけに、ハーミスは迷いなく答える。



「瞬間的に移動させることが出来るのならその途中経過での発見は困難――つまり、発見できるのは移動しきった後です。それならば空を使えばいい。私はそう考えます」



 イサクトは「その手があったか」と頷いた。

 それを確認して、ハーミスはさらに言葉を続ける。



「通常なら木箱の中の人員への落下時の負荷を考慮する必要があります。ですが中に入っているのは量産された、失っても何の問題もない兵です。それに加えて人間に対して砦の内側にも魔族が侵入しているという事実を伝えるだけで効果があるため、数人が動ける状態でありさえすればいいのです」


「そうなると、兵の作成者の一員としてはその負荷がかかった後の状態を見てみたいものだが……それはさすがに欲張り過ぎのようだね」



 イサクトの残念そうなその言葉に、ハーミスは首を横に振った。



「見れると思いますよ。これが上手くいけば、十中八九人間の砦を墜とせますから。イサクトさんから作成可能な兵の数を聞く限り、それだけで人間を圧迫できる。人間は戦えない兵士だと知らないのだから、負けを確信するはずです。そして、砦を任されるような将軍が勝ち目のない戦いを挑むことはしないでしょう。恐らく、砦を放棄して防衛ラインを下げるはずです。そうすれば――」


「砦の向こう側も一定範囲で魔族の領域になる、という訳ですね。なるほど、それなら送り込んだ兵の数人に隠れるように命令することが出来れば状態を確認することも可能、という訳ですか……」



 こうして、ハーミスによる作戦は少しずつ現実味を帯びていった。

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