第05話 混沌
ハーミスはタイミングを見計らって、ミィナとユーミアを連れて砦へと入り込むことに成功した。
そして、ハーミスが二人を連れて行った先には――。
「「――っ⁉」」
ミィナとユーミアは部屋へと入った瞬間、部屋中に敷き詰められた全裸の魔族たちを前に言葉を失った。それらは様々な態勢でそこら中に転がっていた。ユーミアはすぐに逃げなければと思ったが、ハーミスの反応を見てようやく落ち着きを取り戻す。
「ハーミスさん、これは……?」
「スキルで作り出した魔族のはずだ。彼らに意志はなく、命令がない限り行動を起こすことはないと聞いている。だから彼らに関して気にする必要は――」
ハーミスはそこまで言って、ようやくミィナとユーミアの様子がどこかおかしいことに気が付く。この存在に驚き、不気味に思うだろうことはハーミスも予想はしていた。だが、二人の反応は明らかにそれだけではなかった。特にミィナの方は瞳孔が震えて何かに怯えているようでもあった。
「ユーミア、何かあったのか?」
「……ミィナ様がスキルの持ち主に会いたいといった理由、それはそれがミィナ様の知り合いかもしれないからです」
その言葉にハーミスは唖然とした。ハーミスがミィナの危機に気が付くことが出来たのは、不自然な数の兵士が行動しているという情報を掴んだからである。その行く先がミィナとユーミアがいる貧困街と特定できた時点で、ハーミスは行動を開始した。
また、魔族を作り出せるというスキルは実験である人間への侵攻の指揮を任せられたからその話を聞いていた。つまり、ハーミスは貧困街が襲撃された理由は別件だと思い込んでいた。
「だが、まだユーミアもミィナ様も会っていないだろう?」
「えぇ、会っていません。ですが、これを見れば嫌でも分かります。恐らく、ハーミスさんの言うスキルの持ち主はエクトという名のミィナ様と同じ年頃の少年です。彼の父親は人間との抗争のために呼び出され、命を落としています。エクトさんのスキルが発現したのは、その父親を生き返らせたいという一心によるものです。しかし、エクトさんは自分一人の力では実現できないと判断し、魔王様の元へと単独で向かいました。その後どうなったのかは分かりませんが、これを見る限り今もその目的は――」
言葉のその先を、ハーミスは容易に察することが出来た。スキルの使用者の事情を全く考えていなかったため、創造物に対してさほど疑問を持たなかった。例え全ての個体がほぼ同じ容姿をしていたとしても、そういうものなのだろうと納得できた。
だが、先程のユーミアの話を聞いた後ならハーミスでなくとも気が付く。創造物である魔族の容姿は、スキルの使用者の父親に似せたものなのだろうと。
「……ハーミスさんは貧困街が襲撃された理由を知らなかったのですか?」
「魔王様が徴兵による反乱を危惧し、貧困街から人材を集めていたのは知っているだろう?」
「はい。ハーミスさんからの手紙で知りました」
「魔王様は役に立ちそうな人材を徴収し終わった貧困街を地図から消すように命令していた。一つや二つの貧困街ならさほど脅威ではないが、貧困街は様々な地域に散らばって存在している。徴兵による恐怖から結託するのを恐れて、徴兵先の情報が漏れないようにしていたんだろう。だから私はそれが原因だと思い込んでしまっていた」
「そんなことを……」
「だが、それがあったから私も魔王様の配下にいる兵士の動きを警戒していた。皮肉なことに、ユーミアとミィナ様を助けられたのはそのお陰だ。それが無ければ確実に間に合わなかった……」
それに対し、ユーミアは何も答えなかった。現時点の魔王の力と権力を考慮すれば、それがまかり通ってもおかしくないと思ってしまったから。
しかし、そう思えたのは権力を持つセントライル家に仕えてきたユーミアだったからである。そう言った事情を全く知らず、まだ十年しか生きていないミィナがそれを理解できるはずがなかった。分かるのはただ目の前の景色が間違っていると言う事だけである。
「……ハーミス、エクトは今どこにいるの?」
「魔王様直属の研究員が管理しています。彼は分単位で行動を細かく指定されていて、私も完璧に把握できているわけではありません。ですが、彼に接触できる機会を作ることは可能です」
今回の件はエクトのスキルの成長を促すものではなく、現時点でどれぐらいの成果を出せるかを確かめるためのものである。それは大きな成長を見込めるものではないので、常にエクトのスキルを観察する必要はない。寧ろ、エクトは延々と同じ作業を繰り返すだけなのだから別の事に時間を割いた方が有意義である。
つまり、研究者たちがエクトを放置している時間が唯一の接触可能な時間となる。
二人の会話を聞いていたユーミアは、心配げにミィナに語り掛ける。
「ミィナ様、エクトさんにあって何をするおつもりですか?」
「これがエクトの本心なのか確かめたい。エクトはおじさんを生き返らせるために頑張ってた。だから、こんなことを望んでいるはずない……」
ミィナはエクトの『生き返らせたい』という想いを完全に否定できなかった。一度ユーミアを失いかけて、その気持ちが何となく理解できてしまっていたから。
そして、エクトは一度たりとも人間に対する憎しみを口にしなかった。恐らく、父親を生き返らせることしか頭になかったのだろう。だが、だからこそ父親を生き返らせることではなく戦争を優先してスキルを使うなんて思えなかった。もし本来の目的を見失ってそれをしているのなら、話せば元に戻せるかもしれないとミィナは思っていた。
「もしそれがエクトさんの望んでいることだったらどうするんですか?」
「それは……」
ユーミアの問いかけに、ミィナは言葉を詰まらせた。
ミィナが知っているのは貧困街にいるときのエクトであり、それ以降の事は何も知らない。ミィナがエクトと別れてから既に二か月余り。その間に何か心境の変化があったとしても不思議ではない。
その時、二人の様子を静かに見守っていたハーミスが「もしかしたら」と口を開く。
「そのエクト君だが、自分の意志で行動している訳ではないかもしれない」
「……どういうことですか?」
「私は魔王様のスキルを受けたことがある。その間、私は一切の思考が出来なかった。問いかけに対して反射的にしか答えられない、そんな状態にさせられていた。エクト君がまだ子供であるのなら、精神をコントロールすることも難しくないはずだ」
スキルを重視しない魔族の世界では、呪術が人間で言うところの奴隷紋ほどの威力を発揮出来ることが認知されていなかった。一般的に知られている威力は、一つ二つの行動を禁止することが出来る程度である。だから呪術によるものだとは思わなかった。
その時、先程三人が入ってきた扉の外で幾つかの足音が聞こえてきた。
「あの扉の向こうは物置になっている。ユーミア、ミィナ様を連れてそこで待機していてくれ。食事はタイミングを見計らって私が持ってくる」
ハーミスは急ぎ気味にそう話すと、二人を物置部屋に案内してすぐにその場を立ち去った。
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