第04話 砦

 ミィナとユーミアは数日の間、それがどこかも分からないような場所でハーミスの使い魔と共にひっそりと生活していた。ハーミスと別れたからおよそ一週間が経った頃、ハーミスの使い魔が動きを見せる。



「ユーミア、これは……?」



 ミィナは首をかしげながらそう問いかけた。

 目の前にいるハーミスの使い魔は、姿勢を低くして何かを伝えようとジッとミィナたちの方を見ていた。



「乗れ、ということではないでしょうか? ハーミスさんが何か合図を送ってきたのかもしれません」


「……使い魔って遠くから指示を受けられるものなの?」


「それは使い魔とその所有者次第です。魔族よりも魔物の方が五感が優れていると言われているので、もしかしたら私たちには分からない合図があったのかもしれません」



 そう言いながら、ユーミアは使い魔のうち一匹にまたがった。それが正しかったのか、数匹の使い魔の視線はミィナ一人へと向けられることになった。

 まだ慣れていないミィナは若干怯みはしたが、どうにか使い魔の背中に跨った。

 それを確認した使い魔たちは、のっそのっそと進み始める。



「私たちの事を考えてゆっくり進んでくれてるのかな……?」


「それもあるとは思いますが、本来の目的は足音を出来るだけ小さくするためかと。ハーミスさんの使い魔はかなりの重さがありますから」



 ハーミスの従えるワニのような形状をした魔物は、その自重ゆえに早く動こうとするとかなり大きな足音が鳴る。しかし、それに呼応するように耐久力と純粋な膂力に優れていた。それに加えてかなりの巨体で目につきやすく、ミィナとユーミアが囮として使うには使い勝手が良かった。





 ミィナとユーミアを乗せたハーミスの使い魔が動き始めてから数時間が経過した時、木々の向こう側に何かが見え始めた。それは月明かりに照らされていて、出入り口らしき場所には松明たいまつが灯されていた。



「凄い……」



 ミィナはその大きさに圧倒された。弓矢や魔法が飛び越えられるはずもない高さに加え、左右にある岩山の間の平地からの侵入を許さないために他のどの建物よりも横に長かった。



「魔族の存亡が掛かっている場所ですからね。これを突破されれば、人間から私たちを守る盾はもうありません。しかしそれは人間も同じ。私は見たことがありませんが、この先には人間が作った同じようなものが存在しているらしいですよ」



 そう答えるユーミアの横顔は、どこか優れない様子だった。それもそのはず、ミィナは本来ならこんな場所に来るべきではないのだ。目の前にある巨大な砦の向こう側はにあるのは、ミィナが知る必要がない世界である。

 そんなユーミアにミィナが声をかけようとしたとき、ハーミスの使い魔がその場所で動きを止めて体制を低くした。

 ユーミアは地面へと足を付けると、ミィナの元へ駆け寄って手を差し伸べる。



「ミィナ様」


「ありがとう、ユーミア」



 ミィナが地面へと降りた丁度その時、少し離れた所に誰かの影が見えた。



「ご無事で何よりです、ミィナ様」


「ハーミスの使い魔が助けてくれたから……」



 そう言いながらミィナが撫でたハーミスの使い魔は、嬉しそうに目を細めていた。

 そんな様子を微笑まし気に眺めてから、ユーミアはハーミスに問いかける。



「それよりハーミスさん、これから先はどうすればいいんですか?」


「あと少ししたら見張りが交代する時間だ。少しの時間ではあるが、裏口の警備が無人になる」



 ハーミスの口から出た思わぬ事実に、ユーミアは首を傾げる。



「……砦がそんな警備で大丈夫なんですか?」


「人間領側の警備は相当なレベルだが、こちら側の警備はさほど重要視されていないからな。配備されている兵士も実力も経験もさほどない者がほとんどだ」



 現在では小規模ではあるものの、時折発生する戦闘に備えて人間側への警備は怠ることは出来ない。だが、魔族側は異なる。砦の向こう側が明らかな危険地帯であることは魔族も魔物も知っている。ある程度の知性を持つ生物は、血と鉄の入り混じった匂いが常に漂っている砦周辺には存在しない。

 それでも警備をしている理由の二つのうち一つが想定外の侵入者の早期発見のため。もう一つは――。



「邪魔者の捌け口と言う事ですか……?」


「そうだな。最も、暇をしているのは警備をしている者だけではないんだがな。砦に関しては緊急時に備えて常に過剰人員を配備しているから仕方のない事だろう」



 ハーミスの言葉通り、砦には緊急時のために多くの戦闘員を配備している。戦闘が発生しなければ彼らに仕事は無い。そんな人材の捌け口として、さほど重要度の高くない魔族側の警備が利用されていた。



「まあ、今は違うんだが……」


「違う? 人間からの攻撃が来ない確証でもあるんですか?」


「私がそれさえあれば人間を殲滅できると言ったスキルだが、それを使えばほぼ無制限に兵士を作り出せる。その作り出した兵士の置き場所を確保するために人員を最低限にしているんだ。その兵士がいる時点で人員はさほど必要ない」



 ミィナは傍で黙って話を聞いていたが、ハーミスのその言葉の一部以外はほとんど頭に入ってこなかった。ミィナは兵士――魔族を作り出せる可能性のあるスキルの持ち主を知っている。そもそも、その人物はそれを達成するために魔王の元へと向かったはずである。



「ハーミス、一つ聞きたいことがあるんだけど……」


「なんでしょうか、ミィナ様」



 あくまで仮定でしかないそれを、ミィナは確認しないわけにはいかなかった。もしその仮定が真実であれば、どうにかして助けなければならない。

 『いつか助け出す』と誓ったのだから。



「一瞬だけでもいいから、そのスキルの持ち主に会う事って出来る?」



 ミィナは何かを決意したような瞳をハーミスに向けながら、はっきりとした口調でそう問いかけた。

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