第06話 創造

 ユーミアとミィナを物置部屋へと入らせた後、ハーミスは背後から声をかけられた。



「そこでなにをしているのですか?」


「すみません、少し道に迷ってしまいまして。私はハーミス、魔王様からの指示でここへ派遣されて来た者です」



 白衣に身を包んだその男は、何かを思い出す素振りを見せる。



「……あぁ、そういえば彼らを指揮する人材を寄越すと魔王様が言っていたな。そうか、それでこの場所に入れたのか。私の名前はイサクト、短い付き合いにはなりそうだがよろしく頼むよ」



 そう言って差し出された手を、ハーミスは握り返した。



「よろしくお願いします。それで、これは……?」


「君に指揮してもらう兵隊だ。まあ、実際にやってもらう事は指揮とは言えないんだがね」


「それはどういう……?」



 イサクトは「見てもらった方が早いだろう」と言って、一つの個体に近づいていく。



「立て」



 言葉を駆けられた個体に一つがふらりと頼りなく立ち上がった。



「走れ」



 その個体は一心不乱に走り出した。止まることなく走り続け、勢いそのまま壁へと激突する。額からは流血しているがそれを苦に思っているような仕草は一切なかった。その個体は立ち上がっては壁に向かって突進する、という行動をただただ繰り返していた。

 イサクトはその個体へと面倒くさそうに近づき、口を開いた。



「止まれ」



 走っていたその個体は、その言葉を聞くと同時に全身の力を抜いた。

 ハーミスは傍らでその様子を見て、狂気のようなものを感じていた。話には聞いていたが、実際に見てみるとその異常さが想像をはるかに超えていることを実感させられる。



「見ての通り、いくつかの簡単な命令しか聞けない。魔王様が君を寄越したのは、これを上手く使う方法を考えてもらうためだ。残念なことに、私たちは戦闘に関してはからきしでね」



 イサクトは肩をすくめてから、さらに言葉を続ける。



「それに、この事は部外者に話せない。情報が洩れたら道徳がどうのこうのと騒ぐ連中が黙ってないからね。それを考えればハーミス、君はえらく魔王様から信頼されているようだ」



 その言葉を受け、ハーミスは初めて気が付いた。指揮を執るのが他者ではなく自分なのは、十年前の人間領への侵攻を成功させたことと、ミィナという存在により魔王を裏切れないということが理由であることに。



「イサクト様、兵隊の数はどれだけ増やせるのですか?」


「無制限だ。だが、出来る限り少なくして欲しいのが研究者としての望みだ。彼のスキルの有用性は無限大だ。やろうと思えばなんだって作り出せるようになるだろう」


「つまり、もっと他の事に使いたいと?」


「そうだ。だが、我々研究者がここまで自由にやりたいことを出来ているのは、成果物を使って魔王様を楽しませているからだ。それに不満はなく、現状に満足しているからそれに関しては仕方ないと割り切っている。だからここにいる間は君の判断を出来る限り聞くようにするつもりだ。魔王様が楽しめなければ意味がないからね」



 つまり、少なくとも今から行われる人間との戦闘においてはハーミスに一任されると言う事である。ハーミスはそれを魔王から伝えられていたが、現場での反発を危惧していた。しかし、それはイサクトの言葉によって杞憂だったことが分かった。



「……あぁ、そうだ。一つ言うのを忘れていたよ。作り出した兵隊は食事をとれない」


「とれない?」


「そういう風に私たちが作らせた。それによって個体差が生まれたら面倒だろうからね。全てが等しい能力を持っている。その状態を維持できるのは現状では一週間が限界と思ってくれていい」



 イサクトがエクトに作らせている個体は通常のそれとは異なる。今回の件のために、多少の改造を施されている。大規模な作戦において、大きな問題となり得るのは兵隊が想定通りに行動しないことである。魔王が寄越した時点で、イサクト達科学者はハーミスの事を信頼していた。だが、兵隊が作戦通りに行動しなければ作戦は作戦となりえない。

 だからイサクト達は能力の均等化に重きを置くことにした。全員が同じ身体能力で、その状態を一週間維持する。通常の生物ではありえない話だが、肉体自体を思いのままに作り出せるエクトのスキルならばそれも可能である。



「分かりました。それを考慮して作戦を練らせていただきます」


「あぁ、そうしてくれると助かるよ。私たちに何か必要なことがあれば言ってくれ、魔王様からは君に協力するように言われている」



 そう言うイサクトに、ハーミスはすかさず言葉をかける。



「では早速、一つお願いがあるのです。聞いたところによると、スキルの効果の中には長距離を瞬間的に移動させることが可能とのこと。そちらを少し試させてほしいのです」


「それは別に構わないが、それは私たちの興味のない分野だったから実験をほとんどしていないし、する予定もない。正直、不確定要素が多すぎるというのが正直な感想だが……」



 興味がない。それはハーミスの予想した通りの言葉だった。ハーミスが事前に得ていたスキルの効果はあらゆるものを創造できるということと、瞬間的に対象を移動させることが出来るというものだった。イサクト達研究者が魔族の生成に躍起になっていることから、ハーミスは魔王がそれに興味がないことを察していた。



「別に構いません。少しでも移動させることが出来るのなら、それを利用した面白い策が使えるかもしれませんから」



 面白い。そう言われてしまっては、イサクトは提案を断れなかった。何しろ、先程イサクト自身が魔王を楽しませるのが目的だと発言したのだから。



「そういうことなら君に合わせるよ。それではこれからの事について少し話し合おうか。事前に彼の生活リズムは報告したが、それだけでは読み取り切れない部分もあるだろうからね。何か必要な情報があれば出来る限り開示しよう」


「それでは私の策を実行できることを証明するための実験の方法を共に考えてもらいたいです。私の方でもある程度考えはしているのですが、私はそう言ったことに精通している研究者ではありませんから」


「ほう、それは楽しみだ。喜んで聞かせてもらうよ。そう言う話は大好物でね」



 そう言ってイサクトは踵を返し、ハーミスはそれに続いた。

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