第02話 想定

「お久しぶりです、ミィナ様」



 ハーミスはミィナの前で片膝をついて、そう口にした。



「その……あの時はごめん。ユーミアを助けてくれてありがとう」


「お気になさらないでください。私は自分がすべきことをしただけですから」



 そんな話を聞いて、ユーミアは一人首をかしげていた。



「あの時?」


「それは……」



 言葉に詰まるミィナに代わり、ハーミスが口を開く。



「ユーミアを助けようとしたときの話だ。ミィナ様は私たちを信用できなかったようで、ユーミアの治療の時も言葉も発さずにずっとユーミアに付いていたんだ」



 当時のミィナは疑心暗鬼になっていた。ハーミスの『ユーミアを治療する』という提案は受け入れたものの、ハーミスの事は信頼していなかった。

 ミィナが自分の事をどこまで把握しているのか、またはユーミアがそれらの事実をミィナに対してどう伝えているのかが分からなかったハーミスもまた、ミィナには何も言わなかった。

 それらが重なり、ミィナがハーミス達を警戒した状態でユーミアの治療が行われるという、なんとも居心地の悪い空間が発生していた。



「私、最初パミアの事も信用できなくて……」


「お気になさらないでください。ミィナ様に起こった出来事を考えれば、無理もない事ですから」



 そう謙遜するパミアに、ハーミスは言葉をかける。



「パミア、急な命令を出してすまなかったな」


「とんでもないです。寧ろ、ミィナ様の手助けが出来て嬉しいぐらいです。それに、ハーミス様やユーミア様の負担に比べれば私なんて……」


「それは私とユーミアが偶然ミィナ様を守れる立場にあっただけの話だ。パミアが気にすることなんてない」



 ハーミスはそう言って優しく微笑んだ。ハーミスはその言葉通り、自分がミィナを守れたのはただの偶然だと思っていた。自分の立場にいれば、誰だってそうするだろうと。

 話がひと段落したのを察して、ユーミアはさっそく本題を問いかける。



「それでハーミスさん、私とミィナ様はこれからどうすれば……?」


「人間領へと行ってもらう」



 その言葉にミィナとユーミア、パミアの三人は呆気にとられた。

 三人に説明するように、ハーミスは言葉を続ける。



「ミィナ様のスキルの情報はかなり広がっている。十年前はその場所でミィナ様のご両親が派手に戦っていらしたから痕跡は目立たなかったが、今回は違う。半径数十メートルの生物が死滅しているのを隠しきるのは不可能だ。パミアから聞いているだろうが、現在そのスキルの持ち主を危険人物と称した捜索が始まっている。全域で常に捜索中であることを考慮すれば、相手から探しに来ることがない人間領の方がはるかに安全なはずだ」



 ユーミアは少し考えたそぶりを見せた後、ハーミスに向かって疑問を投げかけた。



「ハーミス様から魔王様に頼んで命令、という訳にはいかないのですか? 魔王様の命令なら捜索も中止せざるを得ないと思いますが……」


「魔王様は元より、ミィナ様の存在を盾にして私を従わせていた。そのミィナ様が私の手の届くところにいると知られると、ミィナ様に危険が及びかねない。それに、詳しくは言えないが魔王様は今別件に夢中になっている。経験則から言えば魔王様が何かに熱中しているときは、それ以上に興味を引き立てられる対象がなければ軽くあしらわれて終わる」



 この十年間、魔王と接してハーミスはその子供のような性格を理解していた。だから、今は魔王を動かせないと悟ることが出来た。魔王が今遊んでいるエクトおもちゃ以上に興味をかき立てるものなど、ハーミスは持ち合わせていない。

 それらの話から魔族領の全てがミィナにとって危険だということは理解できた。だが、逃げ先が人間領といことで疑問や不安は膨れ上がる。



「私はずっとユーミアと一緒だったから知らないけど、人間領って簡単に行ける場所なの?」


「魔王様の所にそれを可能に出来るスキルを持っている者がいます。近いうちに行われる彼を使った作戦の指揮を私が執ることになっていますから、私の指示でミィナ様とユーミアを人間領へと送り届けます」


「それでは、戻ってくるときはどうすればよいのですか? 私もミィナ様も、人間領から魔族領へと戻れるような術は持ち合わせていませんが……」


「戻ってくる必要はない。こちらから迎えに行く」



 予想外のその言葉に、ユーミアは戸惑いながらハーミスに問いかける。



「迎えに……? 私たちが行くのは人間領ですよね?」


「そうだ。くだんのスキルの持ち主がいれば、人間に勝ち目はない。それに関しては魔王様も乗り気だ。間違いなく、そう遠くない未来に魔族は人間を蹂躙する。その後に人間領の――魔王様の目が届かないようなところにセントライル領を作り出せばいい」


「……つまり、支配した人間領をハーミスさんが管理すると?」


「一部ではあるが、魔王様に許可はもらっている。そこでならミィナ様も自由に生活できるはずだ」



 その自信ありげな言葉に、ユーミアは疑問を浮かべる。



「距離があるとは言っても、ミィナ様の存在を知れば魔王様の耳に届くのではないですか?」


「魔王様にとって人間の蹂躙はあくまでついででしかない。魔王様はただそのスキルを楽しみたいだけだ。その持ち主はミィナ様とほぼ同じ年齢と聞いている。恐らく、ミィナ様が生きている間はこちらに矛先が向くことは無い」



 そこまでハーミスが話した時、ミィナがぼそりと呟いた。



「私と同じ年で、移動させられるようなスキルを……」



 ミィナが知っているそのスキルは、人間領へ行けるほどの長距離は移動できなかった。だが、彼はそのスキルをより強力なものにするために魔王の元へと向かっていった。そして、ハーミスは言っていた。魔王の所にその人物はいると。

 ミィナの脳裏に、いつかは助けたいと願った一人の少年の姿がよぎった。



「まさか…………⁉」



 顔を青ざめるミィナに気が付いたハーミスが、心配げに声をかける。



「ミィナ様、どうかしましたか?」



 ハーミス同様にパミアも心配そうな表情を浮かべていたが、ミィナの考えていることを察せたユーミアは深刻そうな表情をしていた。



「ミィナ様、私たちには今ハーミスさんが提示してくれた以外の選択肢がありません。今はそちらに集中しませんか? 何より、実際に行ってみればミィナ様が今考えたことが合っているかどうか、自分の目で確かめることが出来るはずです」


「……うん、そうする」



 ミィナは笑顔を浮かべながらそう言ったものの、不安そうな様子は消えていなかった。

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