第四章 再開

第01話 道中

 その日の早朝、ミィナ、ユーミア、パミアの三人はユーミアの療養のために滞在していた住処を出た。荷物は必要最低限の食料だけを持ち、先日ユーミアが飛んでいた森の中を進む。



「ユーミア様、昨夜飛んでいた時は魔物の姿は見えなかったのですか?」


「この辺りにはいなかったと思います。私の目に見える範囲での話ですけどね。夜目が利くとは言っても、見えるだけで感知が出来るわけではありませんから」


「そうなんですね。実のところ、私は戦闘に関してはからきしでして……。もし魔物に遭遇するようなことがあれば、ユーミア様にお任せすることになるかと……」



 パミアは戦闘が全くできず、ミィナも勿論出来ない。必然的に、病み上がりであるユーミアしか対応できない。



「ごめん、ユーミア。私のスキルが上手く使えれば……」


「ミィナ様が気にすることなんてありませんよ。それに、ハーミスさんがミィナ様を連れて行くように指示した場所です。一応私も警戒はしておきますけど、よほどのことがない限りは大丈夫だと思いますよ」



 ユーミアの言葉通り、しばらく歩いたが不自然なぐらいに何かに接触することがなかった。パミアがハーミスから受けていた指示は、とある方向に直進し続けることだ。途中に目印があるからと言われていたが――。



「ミィナ様、ユーミア様、一度戻りませんか?」


「道を間違えたの?」


「そうかもしれません。道中に目印があると言われていたのですが、何も見当たらないのです。すみません、私が不甲斐ないばかりに……」



 そう頭を下げるパミアに対し、ユーミアは首を横に振る。



「謝る必要はないですよ。そもそも、道を間違ったりはしていません」


「え……?」


「セントライル家には暗号文字があるんです。それも、ミィナ様のご両親の傍にいるような者にしか伝えられていないような……。それが至る所に刻まれています。私の視力でどうにか気が付けるレベルなので、パミアが気が付けなくても無理はないと思います」



 ユーミアは血統的に視力が優れていた。これは、そんなユーミアが同行することを見越した上でのハーミスの仕掛けだ。



「それを読み取る限り、まだ半分も進めていないみたいです」


「ユーミア、それ以外の事は分からないの?」


「刻まれているのは数列だけなので、それ以上のことは分かりません。ただ、数字は徐々にゼロに近づいて行っているので、目的地までの距離で間違いないと思います。それと多分なのですが、この文字の位置は同心円状になっています」



 目的地をゼロとし、そこから離れれば離れるほど大きくなる数字が円状に広がっている。つまり森の中の、目的地からある程度の距離の場所であれば目的地の大雑把な場所は把握できるのだ。



「恐らく、私たちが道に迷わない様にでしょうね。迷った時に元居た場所に戻るのは難しいかもしれませんが、目的地にならほぼ確実にたどり着けます」



 そんなユーミアの言葉を聞いて、三人は再び歩みを進め始めた。

 自然の中ということもあり、時に進みにくい地形もあった。だが、そういった場所には必ず迂回路を指し示す文字が小さく刻まれていた。





 日が落ち始めた時、ハーミスの仕掛けを頼りに進んだ三人は一つの小さな小屋に辿り着いた。それが見えた瞬間、ミィナはユーミアの服をギュッと掴んで一歩引いた。出入り口に数匹のワニのような様相をした魔物がいたからだ。緑色のうろこをしており、その全長は2メートルはくだらない。



「あの……ユーミア様、これは……」



 そう問いかけるパミアの足はがくがくと震えていた。戦闘に関しての知識が乏しくとも、目の前にいる魔物に勝てないことぐらいは本能的に理解できた。

 魔物に怯える二人とは対照的に、ユーミアは落ち着いた様子だった。



「大丈夫ですよ、彼らはハーミスさんの使い魔です」


「使い魔って確か……」



 ミィナはどうにか記憶を辿るが、上手くそれに関することを思い出せなかった。魔族という種族のため、話を聞くことは頻繁にあった。しかしミィナが過ごしてきた貧困街にはそれを実行できる者はいなかったため、ミィナの記憶にはさほど深く刻まれなかったのだ。



「ハーミスさんの支配下にあるということだけ理解していれば大丈夫です」


「ハーミス様、こんなに立派な使い魔を従えていたんですね……」


「ハーミスさんはセントライル家では珍しい戦闘能力の高い魔族でしたからね。ドレア様の指示であまり表立ってそれを行使することはありませんでしたけど」



 その理由はユーミアの時と同じで、周囲にハーミスの能力を誤認させるためだった。ユーミアと同様に、他貴族からの監視対象となったハーミスにとってそれは良い方向へと働いた。



「とにかく、あの中に入りましょう」



 そんなユーミアの一言で、三人はユーミアを先頭に小屋に向かって歩いて行った。魔物の傍を通る際にミィナとパミアは怯えるそぶりを見せたが、特に何かが起きるわけでもなく小屋の中へと入ることが出来た。

 小屋の中にあったのは三人が生活するための簡易な家具だった。



「ハーミス様はいつ来られるのでしょうか……?」


「どの道今は待つことしか出来ません。今はハーミスさんを信じることにしましょう。それよりも、今は食料を探さないと――」



 丁度その時、小屋の扉がバン、バンと叩かれた。それはノックに似た間隔ではあったものの、普通のノックとは程遠い、力強い音だった。ミィナとパミアを下がらせてからユーミアが恐る恐る扉を開けると、そこにはバスケットを器用に牙に引っ掛けた魔物が居座っていた。その姿を見て、三人は先ほどのノックが手ではなく大きな尻尾で叩いたものだと悟った。

 ユーミアは胸をなでおろすと、バスケットを受け取ってから魔物の鼻先を撫でた。



「ありがとうございます」



 それに満足したのか、魔物は元の位置へと戻っていった。



「ユーミア、それは?」


「辺りの食べられる植物や木の実を取ってきてくれたみたいです。ハーミスさんが来るまで、食料に困ることはなさそうですね」



 状況は呑み込み切れてはいないものの、ハーミスによって提供された安全地帯によって三人は一息つくことが出来た。





 そこから数日が経った昼間、扉がノックされる。それは明らかに魔物のそれではなかった。ユーミアがその扉を開けると、そこにはハーミスの姿があった。



「お久しぶりです、ハーミスさん。――いえ、ハーミス様と呼んだ方が良いですか?」


「やめてくれ、俺はそんな器じゃない」



 ハーミスは苦笑いを浮かべながらそう答えた。

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