第08話 場所

 ユーミアが傷を負ってからおよそ一か月が経過した。まだ完治とまでは行かないものの、歩く程度なら出来るようになった。もっとも、ミィナの命令によりベッドから移動することを禁止されているのだが。

 ユーミアがベッドに腰を掛けて窓の外を眺めていると、パミアが薬と包帯が入ったバスケットを手にやってきた。



「……ここ、二階だったんですね」


「そういえば、ユーミア様はずっと横になっていたので知らないのでしたね。今いるのは二階建ての一軒家です」



 「かなり古びたものですけどね」とパミアは笑いながら付け加えた。

 ユーミアは服を脱ぎ、パミアが包帯を外しやすいように腕を動かす。



「どうですか? ミィナ様の料理のお手前は」


「私より上手なぐらいですよ。ユーミアさんが教えたんですか?」


「僭越ながら。ですがここで手に入るような食材は使っていなかったので、パミアがそう思うのならそれはミィナ様の才能です。それで、ミィナ様は今どこに?」


「ここの丁度真下で料理の下拵えをしてます。私にはもう教えられる事なんてないですよ」



 そう言いながら、パミアは苦笑いを浮かべる。



「ミィナ様は呑み込みが早いですからね。いつかは彼らにもミィナ様の料理を食べて欲しいものです」



 そう言いながらユーミアは窓の外に目をやった。そこには農作業にいそしむ者や、元気に走り回る子供の姿があった。



「いつかそんな日が来るのでしょうか……?」


「来ますよ、必ず。少なくとも、私やハーミスさんはそう信じています。今の状況だとかなり難しそうではありますけどね」


「そうですね。でもいつかは……。その時は是非お手伝いさせてください。きっと、私以外にも協力してくれる人は沢山いるでしょうけどね」



 そんな話をしながら、パミアはユーミアの包帯を巻き終えた。



「傷は良い感じに塞がっています。この調子ならあと半月もすれば動けるようになると思いますよ。後はミィナ様の命令を大げさと思わずにきちんと守ってください」


「分かっています。そもそも、あんな顔されたら抵抗できませんよ」



 ユーミアは自分に命令するミィナの顔を思い出しながらそう言った。

 ミィナのユーミアに対する命令は完全に過保護なものだった。だが、ユーミアのために浮かべているミィナの必死な表情は、ユーミアから抵抗の意思を容易に奪い去ってしまえるものだった。



「そういえば、ハーミスさんと連絡は取っていないんですか?」


「はい。ハーミス様には連絡はするなと言われていますので。流石にセントライル領で連絡をやり取りするのは危険だと判断したんだと思います」


「私は寧ろ安全だと思っていたのですが……。レノエリル家は魔王様の意向で干渉してこなくなったと聞いていますし」


「確かにそちらは問題ありません。ただ、セントライル家の権力を狙った者たちが潜んでいるそうなのです」



 首をかしげるユーミアに、パミアはさらに話を続ける。



「セントライル家は前当主が亡くなられた十年前から現在に至るまで混乱しています。それに乗じて当主の座を奪おうとする力の弱い貴族が策略している。私はそう聞いています」


「……それで、ハーミスさんはどうしているのですか?」


「この間、ハーミス様が捕らえた反逆者を解放していると言ったのを覚えていますか?」


「えぇ。確か反乱の中心に立っていた人物が捕らえられていて、その中に解放された者がいると……」


「その者たちがセントライル家をそれらの貴族から守るのに一役買っているそうです」



 ハーミスはいずれ一人ではどうしようもなくなる事を理解していた。だから反乱を起こせるほどの人望と実力を持つ者を捕らえ、見定めた。そうして選ばれた者はハーミスから真実を告げられ、その人望を駆使してセントライル家を守るために行動している。

 そう、全てはセントライル・ミィナが戻ってきたときのために――。



「しかしまだ途中段階のようで、完全な安全が確保されているわけではないそうです」



 そこまで話を聞いて、ユーミアはハーミスらしいなと思った。ハーミスは他者を扱う術に長けていて、自分の出来ない事は上手く他人に任せていた。その程度はセントライル家の全ての使用人を管理できるほどであり、どれほどの時間が掛かるかは分からないがセントライル家に安全が訪れるのは目に見えていた。

 そこまで話を聞いた時、ミィナの声がどこからか響いてきた。



「パミア、今来れる?」


「すぐ行きます」



 パミアはそう答えると、薬と先程までユーミアの体に巻かれていた包帯をバスケットに入れて立ち上がった。

 立ち去ろうとするパミアに、ユーミアは声をかける。



「ミィナ様のお世話、よろしくお願いしますね」


「はい。ユーミア様も安静にして、早く体を治してくださいね。私だとミィナ様のさびしそうな表情はどうにも出来ないので」



 パミアはそう言い残して扉を閉めた。

 それから暫くして、ユーミアのいる場所にも食欲をそそられる匂いが漂い始めた。





 扉を開ける音に反応し、ユーミアがそちらに視線を向けるとそこにはミィナが立っていた。両手でトレーを持っており、その上に載っている器からは湯気がゆらゆらと昇っている。



「ユーミア、ご飯できたよ!」


「ありがとうございます、ミィナ様」



 ミィナはトレーをユーミアが寝ているベッドのサイドテーブルに置くと、再び扉の向こうへと駆けて行った。それから少しして、ミィナとパミアが自分の分の食事を持ってユーミアの部屋を訪ねてくる。ここに来てからは、ミィナの命令によって食事は三人で取るようにしていた。



「「「いただきます」」」



 三人は長くは続かないであろうその時間を楽しんだ。

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