第09話 完治

「どうですか?」



 ユーミアのその質問に、パミアは頷きながら答える。



「このぐらいならもう動いて大丈夫だと思います。ただ、筋力が落ちているので多少のリハビリは必要ですけど」



 傷跡は残ったものの、ユーミアの体の傷は完全に塞がっていた。

 ベッドに腰を掛けてから、ミィナとパミアに支えられながらどうにか立ち上がる。約一月半の間、ユーミアは寝たきりだったわけではない。パミアから助言を受け、簡単にではあるが体を動かしていた。そのお陰もあり、少しふらつきはするものの歩く程度なら問題ない。



「外には出られないので、家の中を歩くことにしましょうか」



 そんなパミアの言葉により、ユーミアは二人の手を借りながら家の中を歩いて回った。そうして、ユーミアは初めてこの家の構造を知った。二階は部屋が三つあり、広いベランダが付いている。

 ベランダに出たユーミアは朝日に目を細めながら、久しぶりに全身で風を受ける。頬にあたる揺れる自分の髪がやけに心地よかった。まだ朝日が昇ったばかりのせいか、この場所で生活している者たちは、誰一人として家から出てきていない。

 そんなユーミアの様子を、ミィナは酷く心配げな表情で見つめていた。



「ユーミア、大丈夫?」


「大丈夫ですよ。少し体が重い気がしますけど、きっとすぐ元に戻ると思います。すみません、ご心配をおかけして……」


「ううん。私こそ――」



 パミアはそんな二人のやり取りを見て、どこかやるせない気持ちになった。パミアを含めた多くの民衆は、ハーミスの真意を疑うことしかしなかった。その結果起こしたのがハーミスに対する反乱である。果たして、それに何の意味があっただろうか。その裏ではハーミスやユーミアが十年間という月日の中でこんなにも頑張っていたというのに……。

 そんなパミアの様子に気が付いたミィナが口を開く。



「パミア、どうかしたの?」


「いえ、私たちが今までやっていたことが下らなく感じてしまって……。お二人と違って意味のない十年間を過ごしていたな、と」


「そんなことは無いと思いますよ。その意味がパミアのためのものであったかは定かではありませんけど」



 何かを確信しているかのようなユーミアの言葉に、ミィナとパミアは首を傾げた。



「ハーミスさんは意味のない事なんてしません。ミィナ様がこんな状況なら尚更です。あなたたちが不満を抱えてハーミスさんに反発することは、少なくともハーミスさんにとっては意味があったはずですよ」


「ハーミス様にとって……?」


「そうですね、例えば――」



 ユーミアは少しの間考える仕草をしてから再び口を開いた。



「他の貴族からセントライル領この場所を守るための人材集め、とかですかね」



 その言葉で、パミアはようやく気が付く。自分たちが反乱を起こしていたから、ハーミスは統率力と行動力と正義感を兼ね備えた人材を捕縛・・という形で集めることが出来た。結果として、彼らの中から選ばれた者が解放されている。ハーミスは捕縛した者の中から、信頼に足る人物を選んだ。そう考えれば解放された者が誰一人として反乱を起こさない理由も納得がいく。

 全てを察したパミアは思わず呆気にとられる。



「そこまで考えが及びませんでした……」


「及ばなくていいんですよ。ハーミスさんにとってはそっちの方がやりやすいと思いますよ。あの人は他者の扱いに長けていますから」


「随分詳しいんですね」


「ハーミスさんとは長い付き合いですからね。前当主のドレア様に信頼されていたハーミスさんとは話す機会が多かったんです。この身体能力を買われて、ずっとミィナ様の傍にいましたから」



 そう言いながらユーミアは背中の翼を広げた。

 それを見て、パミアは何かを思いついたように口を開いた。



「それならハーミス様の元へ向かうのは、ユーミアさんが満足に飛べるようになったらにしましょうか。道中は安全を重視するとは言っても、ミィナ様を守る手段があるに越したことは無いですし」


「そうしてもらえると私としてはありがたいです」


「ですが、この辺りでは生活している方もいるので昼間は……」


「私の瞳は夜でもきちんと見えるので問題ありません」



 その話を聞いていたミィナは、ベランダの柵に体を預けているユーミアの服を軽く引っ張った。



「ミィナ様?」


「ユーミア、私だけじゃなくて自分の事もきちんと守るって約束して」



 自分のために傷つかないで。ミィナはそう言おうとも思ったが、それはしなかった。心のどこかで、ユーミアがそれを受け入れてくれないことを理解してしまった。それでも、ユーミアが傷つくことは許容できる訳ではない。

 ミィナの真剣な瞳を見て、ユーミアは不思議な安心感を覚えた。最初、ミィナと二人で生活していかなければならなくなった時は、自分にそれが務まるのかが不安だった。だが、結果としてミィナは他者を気遣える優しい心を持てた。それが誇らしいと同時に、嬉しかった。



「ユーミア、なんで笑ってるの?」


「すみません、つい……。分かりました、約束します」


「ん」



 ミィナは小指を立ててユーミアの方に差し出した。ユーミアはそれに自分の小指を立てて絡ませた。



「ちゃんと私と自分、両方を守って」



 ミィナのその言葉に、ユーミアは悪戯いたずらな笑みを浮かべながら答えた。



「はい、この命に賭けても」


「もう、分かってない! 命は賭けなくていいの!」



 その日からユーミアのリハビリが始まった。

 衰え切った筋力を生活できるところまで戻し、ユーミアが満足に飛行できるようになるまでそれは続く。それが終わればユーミアがメイドとして、護衛として働いていたセントライル家当主の屋敷へ向かって出発である。

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