第03話 とある研究員の記録(上)

 生き物を創り出せるかもしれないスキル。

 それに私たちは心を躍らせた。



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一日目

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 初日の時点で、あくまで見た目だけではあるが体を創り出すことには成功した。しかし惜しい。彼がスキルを初めて発動させた時から観察していれば、もっと早く生き物を創り出す最適解を思考できただろう。だが、今それを考えたところで意味はない。

 今はスキルの観察に徹するとしよう。




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七日目

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 この一週間、スキルの成果物を保存・観察して気が付いたことがある。体の形・触感はほとんどが正確に創造されている。ただ、不思議なことに首から上、肘から先、膝から先など一定の部分はスキル発動毎の変化が少なく、より正確に創造されていた。私たちは指先などの細かい部分は作成が困難だろうと勝手に仮定していたが、どうやらそうでもないらしい。彼自身に聞いても、その理由は分からないとのことだ。特に何かを意識することなく、ただ夢中でスキルを扱っているのだろう。

 よって彼自身に頼ることなく、私たち自身で観察結果から考察しなければならない。

 それはいつも楽しみながらやっていることであり、むしろ望むところである。




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十日目

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 作り出した体がある程度の数出来たので、比較しながら解剖をしてみた。結論から言ってしまえば、生き物と呼ぶにはおこがましいほどにふざけた構造だった。骨はある程度形にはなっているものの不安定で不規則な形で、内臓はあやふやで、眼球は球体ではなくレンズのような状態だった。そして、ようやく私たちは気が付いた。彼が知識の中にあるもの・・・・・・・・・しか創れないことに。

 話を聞けば、彼はどうやら父親を生き返らせ創りたいらしい。よくよく考えてみれば、知らないモノを正確に創り出すなど常識的に考えても不可能である。正確に作り出せていたのは、恐らく彼がよく目にしていたからだろう。

 服に隠れていた部分は記憶が曖昧で上手く創造できない。そしてそもそも見ることが不可能ともいえる体の内側の構造が、彼の知識の中に存在するはずがない。だから知っている部分――瞳などが例としては分かりやすいだろうか。見えている部分だけを創り出そうとしたから、球体ではなくレンズのような形になったのだろう。

 私たちは、彼に可能な限りの魔族の人体構造の知識を学ばせることにした。




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十一日目

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「……は?」


 誰もがそう思った。

 私たちは彼に昨日導き出した考察の結果を彼に話した。そして、彼は私たちの意見に従うと表明した。だから常人なら絶対に入れない部屋へと招待した。だが彼は部屋に入った瞬間、地面に吐しゃ物をぶちまけた。どうやら、そこに置いてあったものに拒絶反応を示したらしい。彼が拒絶反応を示したのは、慎重な作業と膨大な研究成果によって完成した成果物だ。拒絶反応を起こすことに、怒りを覚えた者も少なくなかった。そして、それは私も同様である。

 きっと彼にはまだ分からないのだろう。多種多様な魔族の内臓一つ一つに防腐措置を施し、保存する大変さを。生き物の体を一定間隔で切断し、断面が綺麗に見えるように施す措置の大変さを。その全てを一望できるようにガラス張りのケースに入れた、この空間の芸術性を。

 何はともあれ、彼のスキルはこの程度で諦められるようなものではない。もう少し考える余地がありそうだ。




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十五日目

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 早急に手書きの資料を作成した。実物では無理でも、絵ならば大丈夫だろうと思ったからだ。

 この策は功を奏し、彼は体がどのように出来ていて、どうやって動いているのかを少しずつ理解し始めた。それでも、実物を見るのには拒否反応を起こすということ自体は変わらない。彼自身もそんな自分をどうにかしようと努力はしているようだが、一向に良くなる傾向は見受けられない。彼のスキルの性質上、実際に触れて触感まで確かめなければ創造するのは難しそうである。果たして、このままで上手くいくのだろうか。

 ……なんだろう、この落ち着かない感じは。頭の中で何かがモヤモヤする。仲間に話したところ、どうやら同じ症状を抱えている者も少なくないようだ。




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二十日目

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 ようやくこの落ち着かない感じの正体が分かった。それはひとえに『効率』である。この実験は効率が悪すぎるのだ。研究者の誰もが一度は絶望するのが自分の寿命である。好奇心の対象を探求し尽くすには、生き物の寿命はあまりに短過ぎる。だから我々研究員は常に最高効率を追い求める。

 この時、我々は自分たちが恵まれすぎているということに改めて気付かされる。今まで――少なくとも、私がここに来てからはずっと考え得る最高効率な方法で実験をしてきた。それは他の一切の事よりも効率を重視するという思想が合致し、魔王様が支えてくださったからである。




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二十五日目

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 耐えられない。そう思う者が増え、結果としてイサクトさんへの直訴へとつながった。


「魔王様に協力を仰いでほしい」


 その訴えは、あっさりと受け入れられた。

 恐らく、イサクトさんも同じ想いを抱いていたのだろう。

 私たちは魔王様の持つスキルの有用性を知っている。「100パーセント以上の力を発揮出来ず、つまらない」と魔王様は嘆いているが、私たちからしてみればこの上なくうらやましいスキルである。逆を言えば常に100パーセントを発揮できるということでもあるからだ。つまり、安定した一定の力を継続して発揮出来る。その結果は容易に予測でき、期待した通りに結果が返ってくる。未知の結果が返ってくるのも面白くはあるが、自分の予測の正しさを証明するのもまた一興である。魔王様のスキルは不確定要素の多すぎる生き物と言う存在を使っての実験において、喉から手が出るほどに欲しいスキルだ。




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三十日目

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 彼がイサクトさんに連れられて、魔王様のもとへと発った。

 再びここを訪れた時には、既に人形と化しているだろう。

 さあ、ここからが力の見せどころである。メイドに記録させた彼の行動の全ての記録から、まずは睡眠周期を割り出す。後は食事の適切量だろうか。帰ってきたら彼の生活の全てを一定の時間間隔で区切り、キョウセイする。体内時計は個体によって異なり、必ずしも世界の一日とリンクしているわけではない。約三十日分の記録と、我々の経験があればその程度を導き出すことなど造作もない。

 彼の出立を機に研究室は活気で満ち、最高効率で人と戦える魔族・・・・・・・を創り出すための意見が飛び交い始めた。

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