第02話 不信感

 エクトの実験はとある地点で成長速度に歯止めがかかった。それはスキルの影響ではなく、エクトが道徳を捨てることが出来なかったことが原因である。

 それはエクトがこの場所に来て一週間ほどが経過したころだった。体の限界までスキルを使い、休んでいたエクトの元をイサクトが訪ねてきた。



「エクト君、少し話があるんだ」


「上手くいく方法が分かったんですか⁉」


「気持ちは分かるが、いったん落ち着いて欲しい」



 そう言われて、エクトは自分が無意識のうちに身を大きく乗り出していたことに気が付く。



「す、すみません……」



 エクトがいったん身を引いて落ち着きを取り戻したのを確認してから、イサクトは再び口を開いた。



「君の失敗作はこちらで確認していたんだが、一つ共通点を見つけてね」


「共通点?」


「これは私たちの仮定だが、恐らく君のスキルで創り出せるのは君の知っているモノだけだ」


「僕の……知っているモノ?」


「そうだ。君の作り出した肉体は作りが日によってバラバラな部分と、一定の正確さを保っている部分があった。前者は体の内側――内臓や骨と言った方が分かりやすいかな? そして後者は髪や顔・肌の触感であり、服で隠れるような部分はその限りではない」



 つまりエクトが父親の体を創り出せないのは、体の仕組みを詳しく知らないからである。見たり触れたりして、詳しく知っている部分はある程度正確に作れたとしても、知らない部分は想像で作るしかない。しかし、想像するだけで本物に似せることなどできるはずがない。それがエクトのスキルによる体の生成が上達しなかった理由である。

 イサクトは出来るだけ分かりやすくそれを説明した。



「そんな……。それじゃあ、僕はもう――」



 エクトは悔しげな表情を浮かべた。イサクトの言葉が正しければ、エクトが父親を創り出すには父親の体が必要不可欠である。しかし、それを手に入れることは既に不可能だろう。

 落ち込むエクトに反して、イサクトは大して動揺はしていなかった。



「そんなことはないさ。知っているかい、エクト君。魔族は多種多様な血統の分岐をしているが、近縁種と呼ばれる存在がある」


「近縁種……?」


「そうだ。つまり、魔族の中から君や君のお父さんに近い種族を見つけ出せればそれも可能になる。それに、体の一部分だけなら似ている種族も少なくない。希望はまだまだある。何より、私たちの後ろには魔王様が付いている。その程度の事、簡単にできるさ」


「……」


「どうしたんだい、そんな暗い顔をして。せっかく希望を見つけ出せたって言うのに」


「僕がそれをするってことは――」



 無関係な者を巻き込むことになる。エクトはそう言おうとした。

 イサクトは言った。内臓や骨がうまく作れていないと。そして、見たり触れたりしたものしかエクトは正確に作り出すことは出来ない。それが意味することは、まだ子供のエクトでも理解できる。

 だが、そんなエクトの言葉をイサクトは遮った。



「エクト君、君には一度必要悪の話をしただろう?」


「でもこれは僕の私情で……。そんなことに他人を巻き込むなんて、僕には――」


「私情? 君は父親を創り出した後、その力をどうするか考えたことがないのかい?」


「父さんを生き返らせた……後……?」


「君が生き物を無から創り出せたと想定してみて欲しい。それはつまり内臓や骨を創り出せるということだ。それがどれだけの命を救えると思う? この世界には生まれつき体の一部を損傷しているモノだっているし、君の父親が死んだ戦地へ行けば体の一部を欠損している者は少なくない。そんな大勢の仲間を救える力が君にはあるんだ。そのために少数の命を犠牲にすることが、本当に悪いことだと言い切れるかい?」



 そう言われて、エクトの脳裏にティックの姿がよぎった。片腕と片足を失っていたその姿は、エクトに強い衝撃を与えた。そして、エクトが知っているのはティックだけではない。戦地から帰ってきた同じ街で過ごしていた仲間は、それぞれが修復不可能な大きな傷を負っていた。



”皆を助けられるかもしれない”



 そんな思いと共に、何気なく存在していた薬一つ作るのにも犠牲が必要であることをエクトは思い出す。少数を犠牲に、大勢を救う。それはエクトが知らなかっただけで、ずっと行われてきたことである。

 それを否定することは、薬の存在を――いや、薬によって助かった多くの命を否定することと同義である。果たしてそれを完全に否定することなど、今を生きる者たちに出来るだろうか。



「必要悪……」



 エクトは小さくそう呟いた。

 ずっと父親の事しか頭になかったエクトの考えが、イサクトの言葉によって大きな広がりを見せた。ずっと私情だと思い込んでいたが、そんなことは無かった。ここにきて、エクトはようやく魔王が自分に協力してくれる理由を悟った。多くの同族を救いたいが故なのだろうと。

 真実はどうであれ、今のエクトの状況ではそう悟るのが道理だった。



「エクト君、君はここで諦めるのかい?」



 その言葉にエクトはピクリと反応する。

 この犠牲必要・・である。エクトはそう思った。

 実験体という犠牲によって安全な薬が作られる。兵士の犠牲によって人間から多くの魔族が守られている。そうやって、この世界は多くの命の犠牲の上に成り立っている。

 ならば、父親の犠牲によって発現した自分の力スキルはどう扱うべきだろうか。



”仲間を助けるために――”



 そう思った。それと同時に、エクトは改めて覚悟を決めた。これから先どれだけの命を犠牲にしても、絶対に父親を生き返らせると。そして、その後に多くの仲間を救って見せると。



「僕は諦めない……諦めたくない! イサクトさん、僕は何をすればいいんですか?」



 その言葉を受け、イサクトは笑みを浮かべた。



「全て……とはいきませんが、今の君に必要な資料はこの場所にあります。明日辺りにでも案内しますよ」


「いえ、出来れば今日でお願いします。さほど体力を使わないようですし、そのぐらいなら翌日からの実験も問題ありません」



 エクトは強い意志の籠った瞳でそう言い放った。

 しかし、エクトは知らなかった。イサクトの案内の先に何があるのかを。生き物の構造の全てを見て、触れて、理解する事の残酷さを。少なくとも、それは今のエクトに耐えられるものではなかった。

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