第三章 相異
第01話 必要悪
数週間の旅の後、エクトはようやく目的地へと到着した。
「これは……」
エクトは、目の前の巨大な二階建ての屋敷に思わず息を呑んだ。
それを横目に、イサクトは屋敷の中へと向かっていく。少ししてイサクトは呆気に取られて動かないエクトに気が付き、声をかける。
「さあ、行こう。実験室はこの中だよ」
「は、はい!」
異様な広さを持つ屋敷の中に入り、奥へと進んでいくと下りの階段があった。
その階段を降りると、目の前に鍵付きの普通の扉の2,3倍はあるであろう扉が姿を見せる。イサクトはその前で立ち止まると、エクトの方に向き直った。
「先に言っておくけど、ここから先にあるものは他言無用だよ。誰かに話そうものなら魔王様の名の元に苦痛と死が与えられる。まあ、それは何となくわかってると思うけどね」
その言葉にエクトは大きく頷いた。
ガチャリと音を立てて開錠され、扉は少しずつ開いていく。若干の好奇心を抱きつつ、エクトはその中へと足を踏み入れた。
――ズサリ
エクトは思わず一歩引いた。目の前には大人二人が手を広げても余裕があるほど横に広く、長い廊下がある。そこまではいいのだが、問題はその両脇はただの壁ではないということである。まるで牢獄の様に、淡々と鉄格子が並んでいた。そして、その中に入っていたのは――。
「あぁ、この個体は死んでるな。おいっ、これを処分しておいてくれ」
イサクトが呼び掛けた先にはバインダーを手に檻の中の様子を記録している魔族の姿があった。その後ろには二人の兵士が付いている。その兵士たちの瞳には、生気が全くと言っていいほどに灯っていない。
「すみません、イサクトさん。さっきまでは生きてたんですけどねぇ……」
そう言いながら牢のカギを開錠する。それと同時に、後ろにいた二人の兵士が息のない
「これだけの数だし、気付かなくても無理はないよ。僕としては、記録さえちゃんと取っておいてくれれば文句はないさ」
イサクトは申し訳なさそうにする部下に対し、笑顔でそう言った。
「そちらは問題ありません。それでそちらは……」
イサクトの部下は、エクトをまじまじと見てから何かを察したように口を開いた。
「――あぁ、例の……。ようこそ、我らが研究室へ」
「ど、どうも……」
そう返しながら、エクトは差し出された手を握り返した。
「ではエクト君、行こうか」
「は、はい」
「すみません、イサクトさん。時間を取らせてしまって……」
「いやいや、気にすることは無いよ」
イサクトはそれだけ言うと、廊下の奥へと歩み始めた。
エクトはそんな様子を見て、異様だと感じた。狂ったように叫ぶ者。何かに怯えるように隅で縮こまっている者。ただひたすらに自傷行為をしている者。頭がおかしくなりそうなほどの景色と音が、そこら中に広がっていた。そんな中で淡々と会話をしている様子は、常人には理解できない。
廊下を歩きながら、エクトは恐る恐る質問をする。
「あの……これは……?」
「あぁ、ただの投薬実験だよ」
「投薬……? 薬って言うのは傷を治すためのモノじゃないんですか?」
エクトの生まれ育った貧困街において、薬は貴重品だった。だから、エクトが知っているのはそういう効果のモノのみだった。
「確かにそれが主な目的だよ。でもね、エクト君。薬には副作用と呼ばれるものもあるんだ」
「副作用?」
「そう。目的の作用と同時に発生する有害な作用のことだ。彼らにはその効果を試してもらっているんだよ。君が知っている薬が出来るまでに、こういった犠牲は付き物なんだ。まあ、知らない方が良い事の代表例みたいなものかな。この場所でやっているのは皆が通るから何かあった時にすぐ分かるようにってのが理由だよ」
イサクトの言葉は半分は事実だった。確かに、新薬の副作用の確認も含まれている。
しかし、彼らの多くは
「ま、必要悪とでも思っていてくれればいいよ。それに、彼らは全員犯罪者だ。君が気にかけるようなことじゃない」
「そう……ですよね……」
エクトのそんな反応を見て、イサクトはこのままでは自分の思うような実験を実行できないかもしれないと思い始めた。だが、それでも大して問題はなかった。実験をエクトの精神が邪魔をするのなら、精神が介入できない状態にすればいいだけなのだから。
☆
十分ほど歩いた所で、エクトは一つの部屋の前へと辿り着いた。
「ここがエクト君に生活してもらう場所だよ。扉を開けてみるといい」
そう言われて、エクトはドアノブに手をかける。中の部屋は一人で生活するには十分すぎるぐらい広く、必要なものが全て揃えられていた。
しかし、そんな事よりもエクトの目を引くものがあった。
「おかえりなさいませ、エクト様」
メイド服に身を包んだ女性の魔族はそう言いながら頭を下げた。
彼女が発したその言葉は酷く淡々としていて、動作は気持ちが悪いほどに規則的だった。
「何か希望があれば彼女に頼んでくれ。彼女相手なら何をしてもいい。……あぁ、代わりならいくらでもいるから心配しなくていいよ」
エクトは猛烈な違和感を覚える。だが、それと同時に先程イサクトから発せられた言葉が頭をよぎった。
”必要悪”
きっと彼女も事情があってこんな待遇を受けている。それは大勢の他者のためかもしれないし、彼女が過去に何かをしたのかもしれない。少なくとも、イサクトが言うように自分が気にする必要はない。
エクトは自分にそう思い込ませた。いや、思い込まなければならない気がした。自分が魔族である限り、この場所からは逃げきれない。何よりこの違和感さえ除いてしまえば、ここが父親を生き返らせる最高の環境であることに変わりはない。
「何から何までありがとうございます」
「なに、気にすることは無いさ。後は……そうだね、君がスキルを試す場所を案内するよ。どんなものを創り出しても影響がないほどの広さと強度がある場所にね」
☆
エクトが連れてこられたのは地下とは思えないほどに広い前後左右が対称の空間だった。入口は四方にあり、その上に番号が振られている。その番号が無ければ、間違いなく方向が分からなくなる。壁は金属のうようなもので覆われており、先程の言葉通り壊すことは困難に思える。
「エクト君には暫くこの二拠点を中心に生活してもらう。ここには他言無用のモノが沢山ある。私たちがその中から必要な情報・知識を判断して提供する。無論、エクト君のスキルも判断材料の一つだよ」
「……つまり、僕はここで自分なりに成長を意識してスキルを使い続ければいい、ということですか?」
「そういうことだ、飲み込みが早くて助かるよ。一先ず、今日の所は休んでくれていいよ。地下だから昼夜の感覚は分からないだろうが、自然に覚醒するまで睡眠をとって欲しい。明日からの実験を効率的に進めるためにもね。後の困りごとは部屋にいた彼女に聞けば大体のことは分かる。それでも分からなければ私の所までの案内を頼むといい」
こうして、翌日からエクトのスキルの鍛錬が開始することとなった。
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