第11話 隠滅

 エクトは父親を創り出す生き返らせるために、生まれ育ったこの場所を去った。

 その後、すぐに騒動は始まる。



「……」



 ミィナはどこか浮かない表情をして、特に目的もなく散歩をしていた。そんなミィナの視線にとあるものが入る。エクトを連れて行った時にいた者と同じ格好をしている兵士だ。もしかしたらエクトが返ってきたのかもしれない。そう思ってそちらへと近づいていく。

 丁度ミィナが言葉を聞きとれるほど近づいた時、他の住人が不思議そうな顔をして兵士に声をかけた。



「あの……私たちに何か用でしょ――」



 話しかけたその住人の言葉はそこで止まった。胸に走る激痛に、苦悶の表情を一瞬浮かべるもののすぐに意識を失った。ばたりと倒れるとともに、体の中心から辺りに血液が広がり始める。兵士の手にある剣の切っ先からは真っ赤な血がポタポタと零れ落ちていた。

 周囲の者は一瞬呆気に取られたが、すぐに悲鳴を上げながら逃げまどい始める。兵士たちはそれを意にも留めず、彼等に襲い掛かった。



「逃げな……いと……」



 そう言いつつ、ミィナの足は震えるだけでミィナを遠くへと運ぶことをしなかった。それを見つけた兵士はニヤリと笑って駆け寄り、刃をミィナへと振り下ろす。



キィィィン!



 刃はどうにか弾かれた。ミィナの目には背中の蝙蝠の様な翼を広げ、異様に伸びた爪をしたユーミアの姿があった。



「ミィナ様、掴まっていてください!」



 それだけ言うと、ユーミアはミィナを抱きかかえて翼を広げて飛び立とうとした。だが、それを防ぐように立ちはだかった兵士の一人が槍を横なぎに払った。



「っ!」



 ユーミアは爪でどうにかガードしたものの、その細く軽い体は容易に吹き飛ばされる。ユーミアは元より戦闘向きの魔族ではない。刃を弾くのに使った爪だって既にヒビが入っている。元来、防御するために使うようなものではないのだから当然の結果である。



「ユーミアっ、大丈夫っ⁉」



 そう言うミィナをユーミアはぎゅっと抱きしめる。ミィナの言葉に答えることなく、ユーミアは周囲へと視線を配った。装備からして魔法を使えるような者はいない。ただ、弓矢を持っている兵士はそれなりにいる。飛行できる魔族への対策だろう。それはユーミアが躱しきれる数ではない。だが、今の目的は逃げ切る・・・・ことではなく、逃がす・・・ことである。たとえ攻撃を受けたとしても、振り切れればそれでいい。

 そう考えたユーミアは出来るだけ高く、遠くへと全速力で飛び立つ。

 突然の風圧に思わず目を瞑ったミィナが次に目を開いた時、目下には地獄絵図が広がっていた。しかし、そちらに気を取られる暇もなく頬に落ちて来た血に気が付く。ユーミアの肩のあたりを矢が掠めていた。声を掛けようとするミィナを制するように、ユーミアは口を開く。



「ミィナ様、よく聞いてください。着地したらすぐにセントライル家にっ――」



 そこでユーミアは思わず苦悶の表情を浮かべた。ミィナがそれに気が付き視線を動かすと、避け切れなかった矢が腹部へと突き刺さっていた。



「ユーミア――」



 心配げな表情で、必死に紡ごうとしたミィナの言葉をユーミアは遮った。



「セントライル家に向かってください。もし辿り着けたらハーミスという名の魔族を…‥訪ねて……くだ……さ――」



 ユーミアの表情は瞬く間に歪んでいき、徐々に高度を下げる。既に貧民街が離れたところに見えるぐらいの場所までは飛んでいたが、その体には数本の矢が突き刺さっていた。

 やがてはばたく体力も消え去り、目下に広がる木々に向かって落下していく。ユーミアは力を振り絞り、ミィナが怪我をしないように自分の体を地面の方へと向ける。やがて雑草が生い茂る地面に体をこすりつけながら着地した。

 思わぬ衝撃に思わず目をつむっていたミィナだったが、少ししてから恐る恐るその目を開いた。確かに大きな衝撃を感じたが、ミィナの体には傷一つなかった。だが――。

 



「ユーミアっ!」



 ミィナの目に飛び込んできたのは、あちこちから流血しているユーミアだった。その表情はさほど苦しそうではないが、額に滲んでいる脂汗が偽りであることを示していた。



「ミィナ様、すぐにここから離れてください。きっと彼らはすぐに追ってきます」


「……ユーミアはどうするの?」



 その声は震えていて、瞳には今にも零れ落ちそうなほどに涙が溢れていた。



「……私はこれ以上動けません。ですから、ここに残ってミィナ様が無事に逃げ切れることを祈っています」



 この状況で強がりを言っても意味がない。何より今は時間がない。だからユーミアは正直に、端的に話した。

 だが、ミィナはそれを受け入れられるほど強くなかった。



「ミィナ様、とにかく逃げてください。ここにいたらミィナ様まで――」


「そんな……。だって、ずっと一緒に居てくれるって……」



 ミィナのその様子を見てこのままでは埒が明かない判断したユーミアは、ほとんど残っていない力を振り絞って声を張り上げる。



「ミィナ様っ! いいから私の言う通りにしてくださいっ!」



 今まで聞いたことがないユーミアの怒号にも近い言葉にミィナは戸惑う。それでもミィナは離れなかった。いや、離れられなかった。息も絶え絶えで脂汗が額に滲んでいるユーミアを見捨てられるほど、ミィナにとってのユーミアの存在は小さくない。

 先ほどの兵士が追いかけていたのか、さほど時間を掛けずに二人の元へと現れた。その顔には下卑た笑みが浮かんでいる。ユーミアはそれを睨みつけるが、それ以上の事をする体力はもう残っていなかった。



「ダメ……来ないで……」



 ミィナの今にも消えてしまいそうな声が小さく響く。だが、彼らを追い詰める魔族の歩みは止まらない。その距離は確実に小さくなっていく。



「何で……こんな……」



 なぜこうなったのかは分からない。ただ、ミィナに分かるのは現状だけだ。居場所を奪われ、仲間を殺され、ユーミアまで失いかけている。



「イヤ……こんなの……」



 ミィナは無意識に拒絶する。仲間の死を。ユーミアの死を。そして、彼らの生を――。

 ユーミアとミィナを追い詰めていた魔族はぎょっとする。まるで二人を守るように、黒い霧が現れたからだ。



「ダメぇーーーーーー!」



 その叫びと共に、霧は周囲へと風に吹かれたように広がり始める。それに触れた草木は一瞬でその命を刈り取られ、枯れて行く。それを見た魔族は逃げようとしたが、広がる黒い霧はさほど時間を掛けずに辺り一面を覆いつくした。それは際限なく広がっていく。



「なに……これ……。どうなって……」



 ミィナは自分の中から溢れ出る何かに戸惑う。感情のままにスキルを発動させたのは良いものの、それが何かも、止める方法も分からない。

 そんなミィナを、ユーミアは優しく抱きしめる。

 ユーミアはミィナがスキルを初めて発動させた時に、落ち着くと同時にスキルが収まったのをその目で見ていた。だから、ミィナが落ち着きを取り戻せばスキルが収まると直感出来た。



「落ち着いてください、ミィナ様。私はもう大丈夫です。ミィナ様のお陰で助かりました」



 その言葉で、混乱していたミィナの頭は落ち着きを取り戻し始める。

 広がっていた黒い霧は少しずつ薄まり、その姿を消した。



「ユーミア、ありが――」



 ミィナがそこまで言うと同時に、ユーミアは前のめりにドサリと倒れこんだ。それに驚き、ユーミアに声を掛けようとしたミィナの視界にあるものが映る。そこにいる兵士が身に付けているのは、先程までの兵士とは明らかに違う装備だ。だが、ミィナにとって危機であることに変わりはない。その集団の先頭にいる一人の魔族が二人の元へと駆けよる。

 ユーミアを庇うようにして覆いかぶさり、睨みつけるミィナを相手にその魔族は片膝をつく。



「ミィナ様、申し訳ありませんが今は時間がありません。ユーミアの治療をさせてくれませんか?」


「なんで私を……ユーミアを知っているの?」


「私の名前はハーミス。ユーミアの元上司であり、ミィナ様のご両親に仕えていた者です」

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