第10話 手助け

「それ、君一人では完成させられなくとも、私たちとなら完成させられるかもしれないよ」



 その言葉に、エクトは怪訝そうな表情を浮かべる。



「どいうことですか……?」


「私たちは君のスキルに――いや、その実験に興味がある。生き物を作りだそうだなんて禁忌に値するだろう。もし成功すれば賞賛を受けることなどあり得ない」



 禁忌。それは倫理・道徳に反する行いであるが、それを実行することは困難である場合がほとんどである。エクトのスキルはそれを実現する可能性を十二分に秘めている。しかし、それをしてしまえば周囲の反応は冷たいものとなる。生命体を作り出すのなら、それは避けられない。

 その意図はきちんと伝わっていたが、その上で今のエクトはそれを気にも留めない。



「そんなのはどうだっていい。僕はただ父さんを生き返らせたいだけで、聞きたいのはその話じゃない。父さんを生き返らせられる事が出来るかどうかです」



 賞賛を受けることはない。エクトはそれを理解していた。周囲の者は皆一様に『正気に戻れ』『間違っている』『父親はそんなことを望んでいない』と口を開く。自分の気持ちも理解できないくせに、簡単に自分を否定してくる言葉がエクトにはどうしようもない程に苛立たしかった。



「生き返らせることが出来るかどうかは我々にも分からない。ただ、私たちは提供するだけだよ」


「提供?」


「食料・環境・情報、その他にも君が望むのなら力を尽くすと誓おう。そうだね……例えば環境。この場所では邪魔が多いのではないかな?」



 邪魔という言葉に、エクトの脳裏には様々なものが浮かぶ。何も知らずに憐みの視線を向ける同族、死んだ父親の同僚、幼いころから過ごしてきた幼馴染……。誰一人としてエクトの行為を容認せず、邪魔をしてきた。



「私たちの所へ来れば、後ろ盾に魔王様が付くことになる。君の邪魔を出来る者なんていないだろうね。何より、エクト君のスキルには魔王様も興味を持っておられる。魔族を統べる魔王様が協力してくれるんだ。私は、これ以上の条件はないと思うがね」



 自分に干渉してくる同族を煩わしく思い、一人で努力しても向上しない自分に苛立っていた。そんなエクトが、この申し出を断るはずがなかった。何より、魔王が後ろ盾になる時点でありとあらゆる情報を得られることは確実である。父親であるグラスを生き返らせるための情報が少なからず得られるだろう。



「分かりました。それで、僕はどうすればいいんですか?」


「向こうに移動用の魔物と荷台を用意しています。付いてきてください。……あぁ、何も持ってこなくていいですよ。こちらですべて準備しますから」


「……僕が断らないと分かっていたんですか?」



 準備が良すぎることに疑問を持ち、エクトはそう問いかけた。



「当たり前です。こんな好条件、断るなんて思うはずないじゃないですか」



 それもそうかとエクトは納得する。何しろ、他でもない魔王が手伝うと言っているのだ。断る理由を見つけるよりも、断らない理由を見つける方が難しい。

 しかし、事実はそうではない。エクトが断れば、拘束した後に呪術で雁字搦がんじがらめにして連れていく算段だった。無理に呪術を掛ければ精神が崩壊することはよくある。だから、人間の世界でも魔族の世界でも精神をむしばむレベルの呪術は扱えたとしても使用されない。しかし、仮に精神が崩壊したとしても問題はなかった。魔王のスキルさえ使えば、精神が崩壊していたとしても人形として扱えるのだから。

 最初からそう言った強硬手段を取らないのは、魔王がそれを望んだからだ。魔王はエクトの100パーセント以上の力を見たかった。だから魔王は極力自分のスキルで縛り付けないことを希望し、エクトが抵抗しない限り強硬手段を取らないように命令していた。



「では行きましょうか。付いてきてください」



 そう言われると同時に、エクトは部屋の片隅へと視線を移して少しの間停止した。その視線の先にあったのは、グラスが愛用していた剣だった。



「あれぐらいなら持って来ても構いませんよ」


「……いえ、いいです」



 一切をこの場所に置いていき、創り出さなければそれらを手にできない状況にする。これはエクトなりの覚悟の現れだった。

 イサクトに付いていくエクトが、後ろを振り返ることは無かった。





 イサクト達に連れられるエクトに、一人の少女が走って追い付く。



「エクト、どこに行くの?」



 ミィナのその言葉に、エクトは気だるげに答える。



「魔王様のところ」


「帰って……来るよね?」


「ミィナには関係ないだろ」



 まるで自分を突き放そうとしているようなその言葉に、ミィナの胸はギュウと締め付けられる。昨日エクトに言われた『ミィナには分からない』という言葉が頭をよぎり、ミィナは何も言い返せなかった。

 エクトは一切振り返ることなく、その場を離れた。

 立ち尽くすミィナの元に、ユーミアが歩み寄る。



「ユーミア……。私、何もできなかった……」


「これでいいんだと思います。過程はどうあれ、これはエクトさん自身が望んだ道です。もしかしたら、エクトさんにとって正しい選択かもしれない。それを私たちのエゴで否定するべきではありません」


「……うん」



 ユーミアはそう言ったものの、それがエクトにとって正しい選択だとは微塵も思っていなかった。ハーミスからの手紙から推測される魔王の性格を考慮すれば、それは簡単に理解できる。だが、こうでも言わなければミィナはずっと後悔し続けるだろう。そう思ったから、ユーミアはあえてそんな言葉をミィナに投げかけた。



「……ユーミア、少し散歩してくるね」


「分かりました」



 ミィナには一人になる時間が必要かもしれない。そう判断したユーミアはそれを許してしまった。

 一方のエクトは、自分を迎えに来た荷車の豪華さに驚いていた。そこから少し離れた所には大勢の武装した兵士らしき魔族まで待機している。



「言ったでしょう? 私たちは魔王様の使いだと。あなたが望むのなら、魔王様はいくらでも手を貸してくれますよ」



 エクトはその言葉に対し、素直に喜びの感情を抱いた。恐らく、これ以上の待遇は他に存在しないだろう。ここまでしてくれるのだから、きっと父親の蘇生も上手くいく。そう確信できた。

 それから一時間経った頃、エクトは魔物が引くワゴンの中で揺れを感じながら外の景色を眺めていた。



「……?」



 エクトの様子に気が付いたイサクトが声をかける。



「どうかしましたか?」


「僕を迎えに来た時にいた兵士、もっと多かったような気がして……」


「ここからは見えないところにいるだけですよ」



 そうは言っても、明らかに数が少なすぎる。そう思ったが、エクトはそれ以上思考をしなかった。そう言った分野に対して自分が無知だと理解していたからだ。

 何より、エクトには関係のない事である。





 イサクトはエクトの元への出発する前日、魔王の元を訪ねていた。



「魔王様、少しお時間よろしいでしょうか?」


「イサクトか。何の用だ?」


くだんのスキルを持つ者を確保する際に、一つ懸念があります」


「なんだ?」


「彼のスキルで私たちが実験としていることは禁忌にあたるため、周囲には秘匿にする必要があります。しかし、彼のスキルを、それも生き物を作ろうとしていたことを知っている者が彼の出身地には多くいます。彼のスキルの情報が周囲へと伝われば面倒なことになりかねないのです」


「なんだ、そんなことか」



 魔王はそう呟いた後、迷うことすらせずに言葉を発した。



「皆殺しにしておけ」

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