第04話 強制
魔王が会いたいと言っている。
そんな理由をイサクトから突き付けられ、エクトは実験を中断して魔王のもとへと向かった。さほど距離があるわけではなく、ものの数時間で辿り着いた。するとすぐに、魔王のいる場所へと案内された。
大人二人分の高さはあるであろう扉をくぐると、エクトは片膝をついて顔を伏せた。それを確認した虚ろな兵士が、大扉を閉じる。
――コツン、コツン
静かな空間に響くその足音は、エクトを余計に緊張させた。
「初めまして、エクト君」
「お初にお目にかかります、魔王様」
目的はエクトにスキルを行使するだけである。そのためだけに、わざわざこんな場所を用意した。魔王にとって暇つぶしになるのならば、このぐらいのことは安いものだった。
そして、無論呼び出した理由は会いたかったからなどではない。だが、少し話を聞いてみるのも一興。魔王はそう思った。
「あー、そうだな。私に何か聞きたいことはあるか? 聞けば随分と頑張ってくれているそうだし、答えられる事ならば答えよう」
「……では一つだけよろしいですか?」
「許可しよう」
「父さんは……人間と戦って死んだ魔族は、何のために死んだのでしょうか?」
それは、エクトがずっと抱いて居た疑問だった。エクトの街の仲間にあれだけの被害を出しておいて、今も人間との間にある状況は何一つ好転していない。
「私の暇つぶしだ」
止まれ。エクトはこみ上げてきた感情にそう訴えかけた。
きっと聞き間違いだろう。そう思ってエクトは聞き直そうとしたが、それをする前に魔王が言葉を続けた。
「別に人間を滅ぼすことは難しくはない。だが、簡単に成せてしまっては面白みに欠けるだろう?」
必死に抑えていたエクトだったが、思わず声が漏れる。
「そんなことのとのために父さんは……」
「そんなこと? 私にとって暇つぶしは、父親を
それを聞いて、エクトは自分の感情を抑えきれなくなった。
「ふざけないで下さい! 魔王様の目的の方がくだらないじゃないですか! なんでこんなことで僕と父さんが被害を受けなきゃいけないんですか? 僕も父さんも魔王様の玩具じゃありません!」
もう十分に楽しんだ。エクトの言葉にそう感じ、魔王は満足げな笑みを浮かべた。
「ふむ、確かにお前の言う通りだ。それならば
「何を――っ!」
エクトの背中をゾクリとしたものが走る。先程までと打って変わって、感情ではなく本能が逆らってはいけないと警鐘を鳴らしてくる。逃げなければ。そう思った。だが、行動に移る前にその考えは霧散する。エクトの周囲には既に黒と紫の入り混じった何かが漂っている。属性(闇)による思考力の遅延。魔王の扱うそれは、思考が停止したと錯覚するほどに強力なものだった。
コツン、コツンと自分の方へと近づいてくる足音がエクトの頭に響く。
「こちらを向け」
エクトは逆らえなかった。いや、逆らうと言う思考すらできなかった。エクトの視界に入ったのは緑色の翼と、見ただけで筋肉質と分かるほど大きな尻尾を持ち、額の両端から巨大な角が生えた魔王の姿だった。
――ドラゴン
エクトの頭に一瞬その言葉がよぎったが、すぐに消え去る。不気味に紅く光る、細長い黒の瞳孔をした魔王の瞳を見た瞬間にエクトの思考は完全に停止した。
「所詮子供か。力を持っていても私には逆らうことが出来なかったようだな」
スキル『魔眼の威光』。呪術の完全上位互換とも言えるそのスキルは、視線を合わせた者の思考力をゼロにし、命令でしか動けない人形へと変化させる。
魔王は部屋の隅で待機していたイサクトへと声をかける。
「これでいいのか?」
「はい。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
「それは別に構わんのだが……。これでは成功までの期間が延びるのではないか?」
魔王のスキルの支配下に入ったものは、100パーセント以上の力を発揮できなくなり、成長速度が鈍化する。だから魔王はその可能性を危惧した。
しかし、イサクトは首を横に振る。
「彼の――エクトの心はまだ壊れていませんでした。本気で、全てを投げうって父親を生き返らせようなどとは思っていなかったのです。禁忌を犯そうとしながらも、道徳心を捨てられない。そんな中途半端な状況だから、効率的な成長方法も実施できなかった。しかし、魔王様のスキルを行使した今ならそれも可能なはずです」
「なるほどな。つまり、結果的には……」
「確実に、より早く魔王様の目的のモノを量産できるようになるかと」
ハーミスに影響を受け、魔王は自分で考え、様々な方法で侵攻を試していた。それに投入する人員は、他の魔族からの反発を受けないように途中から貧困層に切り替えた。しかし、それでもいつか限界が来る。だから魔王には自分の作戦を誠実に遂行する人形が欲しかった。
魔王がやろうと思えば他の魔族からの反発も容易に抑えられるし、総動員することも出来る。それをしないのはすぐに終わってしまいそうで面白くないというだけの理由だ。何より、エクトのスキルは魔王の興味を十二分にかき立てるものだった。
「それで、それはいつまでに完成させればよろしいのでしょうか? ……とは言っても、まだ成功するかもわかりませんが。あくまで目安として期間を決めておいてくださると、こちらとしても行動しやすいのですが……」
「出来るだけ早くしてくれ。お前らが考え得る、最も効率の良い方法で進めてくれれば文句は言わん。無論、いつも通り進捗報告も逐一してくれ。待つだけと言うのもつまらんからな」
「分かりました。もし仮になのですが、魔王様の満足のいくものが、必要数作り出したうえで彼に余力があるようなら、後はどうすればよいでしょうか?」
そう聞くイサクトの瞳には期待の色を浮かんでいた。
「お前らの自由にしてくれ。何を作らせても構わん。私を退屈にさえしなければな」
「有りがたきお言葉。退屈をさせないという点に関してはお任せください。我々が今まで、魔王様が興味もわかないつまらない研究をしたことがありましたか?」
「それもそうだな」
そう言いながら魔王はにやりと笑った。
「それで、彼は――」
「あぁ、イサクトの命令通りに行動するようにしてある」
「分かりました。後は私共にお任せください。エクト君、付いてきなさい」
その言葉に従い、エクトは歩き出す。
命令に従うエクトの瞳からは、一切の光が消え去っていた。
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