第05話 道中
大きな牛のような体をした魔物が引く荷台に、貧困街から招集を受けた者たちは詰め込まれていた。
「グラス、お前はどう思う?」
エクトの父であるグラスにそう声をかけたのは、貧困街で共に魔物退治をしてきたうちの一人であるティックだ。男とは思えないほどに華奢な体つきをしているが、隠密スキルに関しては一定の実力を持ち合わせている。
「どうって……何がだ?」
「どう考えてもおかしいだろ。俺たちへの命令はただの特攻だぜ?」
特攻、とは言ってもむやみに突っ込むだけではない。定期的にある人間との砦間での戦い。それをこちらから仕掛けるという指示だから、皆特攻と呼ぶようになった。特に指揮官がいるわけでもなく、その場所にいるのは同じ貧困街出身の人間のみ。命令内容は指定された時間に、攻撃を仕掛けるというものだ。それ以上でもそれ以下でもない。
「きっと魔王様の作戦のうちなんだ。俺たちはそうだが、他には別の命令を受けてるやつもいるようだしな」
作戦のうち。それに間違いはない。だが、それは異常なほどにお粗末なものだった。それでも、グラスがそれを知ることはない。
「それでもやるしかないだろう」
「まあ、そうなんだがな」
魔王の命令は絶対。それは全ての魔族が共有している認識だった。
それでも、ティックの頭には不安しかなかった。
「……生きて帰れると思うか?」
「帰るさ」
「まあ、お前にはエクトがいるからな」
「あいつはまだ十年しか生きてない。死ぬとしても、後十年はエクトの成長する姿を見てからだな」
グラスはエクトの出産の後すぐに命を落とした妻に代わりエクトの成長を見守り、エクトの手本であろうとし続けてきた。結果として、グラスはエクトのあこがれの存在であり続けた。
「幼いからまだ分からんが、グラスと違って頑丈な体はしてなさそうだがな」
「別にいいんだよ。俺はエクトに自分のようになってほしいわけじゃない。あいつが満足できるような生き方をしてくれればそれで満足だ」
貧困街は他者から見下されることが多い。しかし、それが幸福になれない理由にはなりえないことをグラスは知っている。エクトが自分が満足できる生き方を見つけるまでは死ねない。グラスはそう思っていた。
「それと、エクトの体躯は母親似でな。あれはあれで可愛いもんさ」
「そんなもんかね。俺には子供なんて居ないから分からんが」
荷台からの不規則な揺れを感じながら、グラスは
「そういえば、ティックはなんで魔物退治なんてものを生業にしてたんだ?」
「居場所を守りたかったからさ」
「居場所?」
「グラス、お前は知ってるだろう? 俺が元は盗みを生業にしてたのを」
「あぁ、そんなことも言ってたな」
「そんな俺を迎え入れてくれる居場所を守りたかった。ただそれだけさ」
「ま、あの場所にはいろんな事情の奴が集まるからな。何より、盗みなんてしたくても出来ないだろうしな」
貧困街に裕福なものなどいない。それぞれがその日一日を過ごすだけで精一杯である。そんな場所で、盗むようなものを見つけられるはずがない。それほどまでに困窮しているから、互いに助け合わなければ生きていくことすらできない。
「常に他人の物を盗んで生きていた俺にとってすごく居心地がいいんだよ、あそこは。罪悪感を感じる暇もないぐらいに生活は厳しいがな」
グラスは「そうだな」と答え、二人は笑い合った。
少し間を空け、ティックは再び口を開いた。
「ま、だからこそ、俺はもう帰れなくてもいいとさえ思ってるんだがな」
「変な冗談言うなよ」
「冗談じゃないさ。俺は分不相応な幸せを享受した。それはもう、十分なほどにな」
どこか満足げな表情を浮かべながらそう言うティックに、グラスは笑みをこぼしながら語り掛ける。
「心配するな、お前は一緒に連れて帰ってやる。待ってるのはそんな下らないこと考えられない生活だ」
グラスはさらに言葉を続ける。
「それに、俺はエクトに皆を守る父親として尊敬されたいんだ。俺の目が黒いうちは簡単に死ねると思うなよ?」
ティックはその言葉を聞いて、諦めたような笑みを浮かべる。
「お前には参ったよ、降参だ。仕方ないからエクトを見守ること、手伝ってやるよ」
「それは助かるな。礼として帰ったら酒でもおごってやるよ」
「久しぶりにはうまい酒でも飲みたいな……」
そういうティックの顔には、
「ばか、まずい酒に決まってるだろ? 生活がギリギリなのはお前だけじゃないんだぞ」
「冗談だ、分かってるよ。仕方ないからそれで我慢してやる。酒の肴は息子の自慢話で頼む」
「あぁ、任せとけ」
そんなたわいもない会話をする二人を乗せ、荷台は時間をかけて進んでいった。
一か月ほど経っただろうか。皆がそう思い始めた頃、彼らの視線の先に巨大な砦が姿を見せる。貧困街しか知らない者にとって、いや、それ以外の者にとっても見たことのない程巨大な作りだった。見上げると相手を監視しているらしき魔族が何人か立っていた。
「でかいな……」
「流石のグラスも怖気づいたか?」
ティックのそのおちゃらけた言い草は、普段のそれだった。いつも通りの調子に戻ったことに安堵しつつ、グラスは口を開く。
「いや、驚いただけだ。こんな場所に興味はない」
「同感だ。さっさと終わらせて俺たちの街に帰ろうぜ」
グラスとティック、その他大勢の連れてこられた魔族は気を引き締めた。人間を殺すことを目的としているものなどその場にはいない。全員が強制的に連れてこられたのだから当然である。ただ共通しているのは、自らの居場所へと帰りたいという想いだけである。
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