第06話 死力

「そんな……」



 誰かがそう呟いた。それに続き、不満の声が漏れ始める。

 しかし、魔王の配下を名乗る魔族は顔色一つ変えなかった。



「早く準備をしろ。命令は『自分たちで作戦を考えて実行』だ。先程もそう言ったはずである」



 その言葉は酷く単調だった。まるで何かに操られているかの様に――。



「命令に背くのならば魔王様の名のもとに苦痛と死を与える。命令通り作戦を練って実行し、死力を尽くして戦ったと我々が判断すれば故郷への帰還を認める」



 魔王。その名前が出るだけで誰一人として逆らえなくなる。



「作戦の開始は三日以内とする。実行する作戦は配布する用紙に記録して提出しろ。以上だ」



 一通りの指示を出した魔族はその場を立ち去った。途端に周囲はざわめき始める。



「グラス、どうする?」


「……ティック、同郷の仲間を集めるのを手伝ってくれ」


「同郷? 他の地域の奴らとは協力しないのか?」



 ここにいるのは各地の貧民街から集められた魔族であり、全員が顔見知りという訳ではなかった。



「この戦いでは必然的に危険度の高低が生まれる。見知らぬ者同士で協力しようとしても、余計に混乱するのがオチだ」


「それは同郷の仲間でも起こりうることじゃ……」



 その言葉に、グラスは覚悟を決めたような表情で答えた。



「自分で言うのもなんだが、俺は一対一なら一番強い。それに、まだ育ち盛りの子供がいる身だ。そんな俺が一番危険な場所に行くと言えば皆断れないだろう?」


「それは……」


「こうでもしないと統一の取れた行動は出来ない。前線にいようと、後方にいようと、統一が取れていなければ死亡率は確実に跳ね上がる。別に自分の命を犠牲にしようとは思ってない。ただ、その方が生き延びる確率が上がるからそうするだけだ」





 グラスを中心として、ティックは同郷の仲間と共に作戦を練り上げた。それは酷く簡易なものだが、この状況と人数ではそれが最善だった。

 作戦を一通り話し終えた所で、グラスは釘をさすように口を開いた。



「ティック、お前がキーだ。何があっても絶対に隠密に徹してくれ」


「分かってる。俺は後方と前線で状況を伝達すればいいんだろう?」


「あぁ、混戦になれば連携なんて取れなくなる。それが最悪の状況だ。相手は俺たちと違って手練れだ。連携は確実にとってくる。対抗なんてしなくていい。ただ、相手の攻撃を耐えられるだけの連携を取ればいい。死力を尽くして戦ったと認められれば故郷に帰れるんだからな」



 グラスのその言葉に、その場の全員が気を引き締めた。グラスが自分の帰郷出来ることを誰よりも望み、信じていると誰もが分かっているからこそ、皆が協力しようと思えた。恐らく、同郷でない者が混ざっていればこうはならないだろう。



「出発は明日、全員で帰るぞ!」



 その言葉に皆が声を上げ、拳を掲げた。

 翌日に備えて休息を取るべくそれぞれが散って行く中、ティックはグラスへ歩み寄った。



「グラス、なぜ明日なんだ? 猶予は三日あるはずだが……」



 その言葉に、周囲から人気が消えたことを確認してからグラスは答えた。



「どんなに頑張っても死者は発生する。他の集団の行動を見てしまえば間違いなく士気は下がる。それを避けたかった。現実から目を背け、士気を上げることが生存率に繋がるだろうからな」



 ティックは「なるほど」と相槌を打って見せた。



「それよりティック、無理に他人を助けようとするなよ? お前の死の影響は大き過ぎる」



 現状、隠密スキルを扱えるのはティック一人である。ティックがいなくなれば、戦況は簡単に瓦解する。



「分かってるよ。俺は元悪党だ。安心して任せとけ」





 しかし、ティックに目の前で仲間が死ぬ様子を傍観することに耐えられなかった。

 翌日戦闘を開始するなり、グラスの想定通り混戦状態に陥った。後方で矢や魔法を飛ばしている者たちは、人間側の後方支援の集団を狙った。後方同士の潰し合いが始まる中、前線では人間と魔族の衝突が発生する。

 ティックは戦場で周囲を見渡し、出来る限り被弾しなさそうな場所を駆けた。伝達係としての役目を果たしていたものの、前線の戦況把握の途中で背後にいる人間に気が付いていない仲間が視界に入る。それも、自分が行けば間に合うであろう距離に――。



「――」



 考える前に体は自然に動き、背後からの攻撃に気が付いていない仲間を突き飛ばし、たどたどしいながらも襲い掛かろうとしていた人間を返り討ちにすることに成功した。しかし、それは人間が隠密に徹していたティックに気が付いていなかったからであり、本来ティックはまともに戦えるほどの能力を持ち合わせていない。

 ティックの存在に驚きつつもすぐさま攻撃を仕掛けてくる。



「っ!?」



 人間の攻撃は驚くほどに重く、素早いものだった。それもそのはず、弱い部類の魔物しか相手にしてこなかった者が、対人戦を幾度となく繰り返してきた者に敵うはずがない。さらに、ティックは身軽さを重視しているために軽い短剣しか持っていない。

 容易にティックの防御は突破され、刃が迫る。



「しまっ――!」



 思わず目をつむった瞬間、ティックの体を衝撃が襲った。その体は容易に数メートル後方へと吹き飛ばされる。驚きつつも目を開けると、目の前には体を貫かれたグラスの姿があった。



「グラスっ――!」



 名前を呼ぶと同時に、ティックは自分の傍に落ちている剣に気が付く。その剣の柄には誰かの手首から先が掴まっていた。そして、視線の先にいるグラスは右の手首から先が切り落とされていた。

 すぐに察する。自分を吹き飛ばしたのがグラスであり、吹き飛ばすのに使った腕を切り落とされたのだと。グラスに刃を突き立てた人間はそれを抜くと同時にティックへと襲い掛かってくる。



「くそぉぉぉおおおっ!」



 喪失感が、罪悪感が、虚無感がティックを襲うが、それに浸ることを状況が許してはくれなかった。ティックの能力では、この状況をどうしようもないかもしれない。それでも、今はやるしかなかった。

 ティックは傍に落ちていたグラスの剣を掴み、死力を尽くして振りかざした。

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