第04話 穴埋め

 グラス達が街を去った数日後、貧民街ではそこに住むほぼすべての魔族が集められていた。その中にはミィナやエクトなどの子供や、ユーミアなどの女性も含まれていた。理由は一つ、街を守るための戦力が足りないからだ。



「お疲れ様、エクト」



 そう言いながら、ミィナは手に持った食事をエクトへと渡した。それは簡素なものであったが、いつもよりは幾分かマシなものだった。魔王が招集をかけたのは戦力となり得る魔物討伐を生業としている魔族だった。つまり、普段食料を生産せず、消費している者たちだ。消費者だけが減ったのだから、食料に多少の余裕が出来るのは当たり前の話である。



「ありがとう、ミィナ」



 ミィナからもらった昼食に手を付けながら、エクトは自分が作業した方へと視線を向ける。



「最初は無理かと思ったけど、この方法ならどうにかなりそうだね」


「それでも大変って聞いてるけど……」


「それは仕方ないよ」



  魔物を街の中に入れない方法。一番手っ取り早いのは周囲の魔物を全滅させることだ。だが、それは今の――いや、以前であっても貧困街の戦力では不可能だ。

 その他の手段として、は町全体を囲うという方法がある。だが、それには時間が掛かり過ぎる上に資材も足りない。

 そこで彼らは侵攻を防ぐ方法ではなく、遅らせる方法をとった。木の柵を一定間隔で設置し、直進で進めないようにするといった具合だ。急ピッチで進められた作業の完成具合を眺めつつ、エクトはその中で今も指示を出している一人の魔族の方へと視線を送った。




「それにしても、ユーミアさんは何でこんなこと知ってたんだろう……。ミィナは知ってる?」



 その言葉にミィナは首を横に振る。心当たりがないわけではないが、なぜ知っているかと聞かれればミィナにも分らなかった。セントライル家の使用人はそれぞれが必要最低限に全ての役割を担えるように教育される。勿論全てを完璧にではなく、一定以上の水準までではあるが。それを計画したのも実施したのもハーミスだ。そんな細かい事情は話す必要はないだろう。ユーミアはそう判断して話さなかった。



「私も知らないよ。私が生まれた時からユーミアは傍にいてくれたみたいだけど、それ以上のことは何も……」



 ミィナはそう嘘をついた。自分のことを知った上で、ミィナは現状を維持して生活したいと思った。だが、権力者の正統後継者、なんてことを知られて周囲の反応が変わるのが怖かった。



「そっか……。ミィナは気になったりしないの? その……自分の両親の事とか」


「気にならないよ」



 それは嘘偽りのない言葉。だが、エクトはその言葉に首をかしげる。ずっと一緒にいるユーミアのことを、自分のことを気にならない理由が分からなかったから。

 それを察し、ミィナは口を開く。



「だって、私はこの場所で知り合ったみんなと一緒にいるのが好きだから」



 そう語ったミィナの表情には満面の笑みが浮かんでいた。



「……そうだね、僕も同じだよ。そのためにも――」



 そう言いながらエクトは立ち上がった。その視線は休むことなく指示を飛ばしているユーミアの方へと向いていた。柵の作り方も立て方も、全てユーミアの指示がなければ出来ない。だからユーミアは現状、休むことが出来なかった。



「今は休んでる場合じゃない。じゃあちょっと行ってくるよ、ミィナ」


「うん。力仕事は無理だけど、私も出来ることを頑張るよ」



 それだけ言葉を交わすと、二人は所定の位置へと戻った。





 その日の夜、影に隠れながらユーミアは空を飛ぶ。戦闘が苦手とは言っても、それは一般的な訓練を受けた者に比べればの話である。貧困街周辺においては、ユーミアが手こずるような魔物は存在しない。



「一応向こう側もやっておいた方がよさそうですね」



 夜目がきくユーミアは、その暗闇の中でも魔物の位置を正確に視認できた。背後から忍び寄り、魔物に襲い掛かる。集団で行動している魔物に関しては仲間に悟られぬよう、得意の隠密スキルを使って確実に数を減らしていった。



「そろそろ戻りましょうか。これぐらい倒しておけば貧困街の方でどうにかなるでしょう」



 そう言うユーミアの両手の爪は鉤爪のように伸びており、べっとりと血が付いていた。ユーミアが隠れているのは、魔王からの招集に自分が引っ掛からないようにするためである。魔王はエクトの父親を含め、貧困街の戦力をごっそりと連れて行った。ハーミスによって自分とミィナが優遇されているとは言っても、ハーミスからの手紙を考慮すればそれを過信するべきではないだろう。だから誰にも見つからないように、不自然に魔物がいなくなり過ぎないように調節していた。

 無論、それによって多少の犠牲者は発生する。だが、そうであったとしてもユーミアはそれを助けようと思えなかった。ユーミアにとってミィナという存在は、貧民街のその他大勢を犠牲にしたとしても守らなくてはいけないものだから。





 街を守るための柵を作り始めてからおよそ一週間がたった日の昼間、貧困街で一斉に歓喜の声が上がった。ようやく街を囲うほどの範囲の柵を作り終えたのだ。子供たちはハイタッチを交わし、大人はまずい安酒を楽しんだ。

 そんな中、ミィナは一人心配顔でユーミアへと近寄った。



「ユーミア、大丈夫?」


「私は大丈夫ですよ、ミィナ様。お気遣い、ありがとうございます」



 ユーミアは柵の設置が疎かにならないように、定期的に様々な場所を確認しに行っていた。一か所でも脆い場所があれば、そこが侵入口になりかねない。侵入を防ぐ柵は外へと逃げだすことも困難にするため、そうなれば逆効果となる。それを防ぐためには、知識のあるユーミアがじかに見て確認するのが一番の方法だった。それに加え、夜は現状戦力で防ぎきれるように周辺の魔物を狩りに出かける。無論、睡眠などまともにとれるはずがない。



「今日ぐらいはちゃんと休んで」



 疲労がたまっていないはずがない。だが、ユーミアはそれを悟られないように振舞っていた。しかし、幼いころから共に生活していたミィナにとってそれを見破るのはさして難しいことではなかった。

 そんなミィナの優しさに感謝しつつも、ユーミアはその首を縦には振らない。



「いえ、忙しいのは――」



 忙しいのはこれから。ユーミアはそう言おうとした。全員で協力して作成した柵はあくまでも侵入の時間を稼ぐためのものでしかない。これから必要なのは魔物の侵入を監視する人員と、もしもの時に戦える人員の確保だ。だから休むわけにはいかない。ユーミアはそう思っていた。

 しかし、そんなユーミアの言葉をエクトが遮った。



「さっき魔物退治をしている人たちから話を聞いたんですけど、ユーミアさんは暫く休んでくれとのことです。ここからは自分たちの分野だからって」



 それでも、出来ることが全くないわけではない。そう思って言い返そうとしたユーミアの視界に、瞳を潤しながら心配顔を浮かべたミィナの顔が入った。

 その表情を見て、ユーミアは断れないと直感した。

 ユーミアは一つため息を吐くと、諦めの表情を浮かべながら口を開いた。



「分かりました、お言葉に甘えてしばらく休ませてもらいます」



 その言葉を聞いて、ミィナとエクトは一瞬視線を合わせてからニコリと笑みを浮かべた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る