第03話 招集
一日中、ミィナとエクトは遊び続けた。時々休憩を挟みつつ、出来ることが限られているにもかかわらず楽しんでいた。それが他の遊びを知らないからなのか、未だ幼いからなのかは分からない。
「エクト、誘ってくれてありがとう! また今度ね!」
「うん! じゃあね!」
日が暮れると二人はそう言って別れ、互いに自分の住居に帰っていった。
☆
「……父さん?」
「あぁ、エクトか……」
エクトが住居へ戻ると、いつもとは違って少し雰囲気の暗い父親の姿があった。
魔族の中には魔物を従えることのできる者がいる。それは事実ではあるが、この
エクトの父親であるグラスはそれを生業にしていて、比較的優秀な人材だった。エクトと同じく魔族としての特徴は瞳のみだが、その身体能力は通説通り人間よりも上だ。
「何かあったの?」
「……実はな――」
グラスは事情を話すと同時に、一通の手紙をエクトに見せた。
「なんでお父さんが人間との戦争なんかに……。だって、今は――」
「魔王様が人間との闘争に意欲的になっているらしい。エクトは知らんかもしれんが、別に最近の話じゃない。確か十年ほど前からだったはずだ」
十年前。それはセントライル家の領主が、仕えていた魔族によって殺されたのと同時期だ。
魔王が人間との抗争に興味を持ったきっかけは紛れもなくハーミスである。
「父さんは……行くつもりなの……?」
「これは魔王様からの命令だ。逆らうことなんてできない」
絶対の権力と、絶対の力を持つ魔王に逆らおうなんて思う魔族はこの時点では存在しなかった。誰もが逆らった後に自分に悲劇が降りかかることを理解していたから。
「父さんがいなくなったら……」
「あぁ、多分この場所を魔物から守り切れなくな――」
「そうじゃない! 僕は……僕は――」
グラスは魔物退治において優秀な人材だ。だからこそ自分が消えた穴埋めをすることが不可能であることが分かっていた。さらに現状を考慮すれば、他の同業者が同様の状況であることは容易に想像できる。自分の仲間が――エクトがいるこの場所が、魔物から守られなくなる。それが最大の不安だった。
それとは異なり、エクトはただただ不安だった。自分を産んですぐに母親は亡くなった。グラスは男手一つで、エクトをここまで育て上げたのだ。そんなエクトにとって、父親という存在は他の何物にも代えられないほどのものとなっていた。
「僕はただ……父さんがいなくなることが……」
そう言って顔を伏せるエクトの頭に、ドラルフは自分のごつごつとした大きな手をのせた。
「心配するな、ちゃんと帰ってくる。だから泣いたりするなよ? そうじゃないとミィナちゃんに嫌われるぞ」
「ち、ちがっ――。ミィナはそんなんじゃ……」
顔を赤らめるエクトの白髪をわしゃわしゃと撫でた。
エクトはその腕を振り払うと、グラスを睨みつける。
「ちょっと父さ――」
「はっはっは、悪い悪い。何はともあれ、それだけ元気なら大丈夫そうだな」
「……」
不機嫌そうな表情を浮かべるエクトに、グラスは真面目な顔をして話しかける。
「いいか、エクト。暫くの間父さんはここを離れる。お前は仲間を守るために戦う父さんをいつも誉めてくれたが、それは父さんにたまたま守れるだけの力があったからだ。だが、少なくとも今のお前にその力はない。身の危険を感じたら一切を捨てて逃げろ」
グラスはこの場所においてではあるが有数の実力者であり、いつも他者を守るために戦っていた。エクトはそんな父親を誇り、憧れていた。だが、グラスは時に勇気が無駄死にを招き、臆病が生存を招くことを知っている。例え誰かを守ることが出来るとしても、身を危険に晒さずに生存する方向へと進んでほしい。そう思ったからルドルフはそんな言葉をかけた。
それに対し、エクトは小指を立ててルドルフの方へと向けた。
「……エクト?」
「約束。ちゃんと逃げるって約束するから、父さんも帰ってくるって約束して」
これは死ぬわけにはいかない。エクトのその表情を見て、ルドルフはそう思った。
「あぁ、約束だ」
そう言って、ルドルフはエクトの差し出した小指を、小指で握り返した。
☆
ミィナは朝食を済ますなり、元気よく口を開いた。
「じゃあ、ちょっとエクトを誘いに行ってくる!」
「私もご一緒します。同じ方向に少し用事がありますので」
そう言葉を交わすと、二人はエクトの住居へと歩き出す。
数分して辿り着いた二人の目に飛び込んできたのは、まだ早朝にも拘らず出かける用意をしたグラスと、少し寂しげな表情を浮かべたエクトだった。
ミィナは二人に近づくなり声をかける。
「おはよう、エクト。エクトのお父さん、どこかに行くの?」
「う、うん。ちょっとね……」
その疑問には言葉が詰まって出てこないエクトに代わりに、グラスが答えた。
「魔王様に呼ばれたんだよ、つい昨日。きっと、他にも呼ばれてる人たちがいると思うよ」
「そうなんだ。それって、何しに行くの?」
何も知らないミィナはそう問いかける。
それ以上の詮索を抑えようとするユーミアを、グラスは視線で制した。
「さあ、おじさんも知らないんだ。でも暫く戻れないと思う。ミィナちゃん、エクトの事頼んでもいいかい? おじさんがいなくなって、一人になるから」
「うん、いいよ」
エクトが何かを言い返す暇もなく、ミィナは笑顔でそう答えた。この場所で様々な魔族と支えながら生きてきたミィナにとっては、何を今更とさえ思える言葉だった。だから答えるのを躊躇う理由がなかった。
グラスはミィナを見て一つ微笑むと、ユーミアの方へと向き直る。
「……ご迷惑をおかけするかもしれませんが、その時は宜しくお願いします」
そう言って深く頭を下げた。ルドルフはユーミアが初めて貧困街に来た時から何か裏があることを悟っていた。隠しきれていない上品さのある所作や、その体つきから。腕や足は平均よりも細いものの、それが意図してそうされたことは見る者が見れば察せる。
「はい、お任せください。私にできることなら、ではありますが……」
一方のユーミアは色々と察せられたことを知った上で、そう答えた。グラスには初めてここに足を踏み入れた際に随分と世話になっていた。それは、ルドルフの頼みを聞くには十分すぎる理由である。もっとも、最優先がミィナであることに変わりはないのだが。
「じゃあちょっと行ってくるよ、エクト」
そう言うとグラスはその場を立ち去った。その姿が見えなくなってから、ミィナはエクトに声をかけた。
「エクト、遊びに行こっ!」
「……ごめん、今はそんな気分じゃ――」
「ダメ。私はおじさんにエクトのことを頼まれたんだから、元気がないなら励まさないと」
そう言ってグイッと近づけたミィナの表情はいつものような純粋な笑顔ではなく、どこか心配そうなものが混ざっていた。
自分を心配して気丈に振舞っている。それに気が付いたエクトは、ため息をつきながら答えた。その表情は完全にとは言えなくとも、先程よりも幾分マシになっていた。
「分かったよ、遊びに行こう。こんな時に家に籠るのもあれだから、外にしない?」
その言葉を聞いたミィナの表情はパァッと明るくなる。それと同時にユーミアの方へ視線を移す。
「じゃあユーミア、行ってくるね」
「はい。お気を付けて」
そのユーミアの言葉を背に、ミィナはエクトを引っ張ってどこかへと駆けて行った。
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