第10話 退屈

 魔王は退屈していた。不死身とも思えるほどに長い寿命。切り落としてもすぐに再生する体。圧倒的なまでの身体能力。そして精神干渉に特化したスキル。それらを以ってして現在の地位を築き上げた。しかし、いつも自分を守るのは自らが操る魔族で、会話をしても面白い返答はない。そんな魔王に、ハーミスはとある知識を与えた。



「人間の侵攻か……。好奇心で始めては見たが、なかなか面白そうだな」



 そう一人呟きながらクククッと笑う。だが、自分が出るようなことをする気は無かった。

 瞳を合わすだけで相手の精神に干渉出来てしまうような魔王が、本気で侵攻を始めればすぐに終わってしまうからだ。意思を持つ生き物は、精神を狂わすだけですぐに壊れる。それを魔王は知っている。



「魔族と人間の戦争に関する資料を集めてくれ」


「畏まりました」



 己の意思を持たないその魔族は、魔王の指示に迅速に従う。



「ハーミスだけに考えさせて、ここで結果を待つだけと言うのは退屈過ぎる。少しは私の方でも策を練ってみるとしよう」



 魔王には全ての魔族を動かすチカラがある。そして、この時点では・・・・・・魔王を止めることの出来る者は魔族側にも、人間側にも存在していない。つまり魔王が好奇心で思いついた作戦を実行しようと、同族を無駄死にさせようと非難出来る者はいない。

 全てが思いのままであり、自分を否定する者は存在しない。だからこそ生まれてしまった退屈。そんな魔王だからこそできる暇つぶしと言うの名の戦争。



「……なるほどな、人間と魔族の間にはこんな歴史があったのか」



 書物に目を通しながら魔王はそう呟いた。魔王が生まれた時代。それは丁度人間と魔族が戦争によって酷く消耗し、遂に戦争を続けるほどの余力がなくなった時代である。だから彼が魔王となるまでの期間、戦争へと目を向ける者がほとんどいなかった。そんなことをする余裕がない程に、当時の魔族と人間は疲弊していた。

 それ故に、当時まだ幼かった現魔王が戦争へと興味を示すことも無かった。当時の魔王にとってはそんなことよりも、強力過ぎる自分のスキルを玩具おもちゃのように扱う事の方が楽しかった。その結果が現在の地位である。

 本から顔を上げた魔王は、徐に手元にある短剣を鞘から抜いた。すると、その刃を自分の左腕に向かって振り下ろした。手首から先はボトリと落ちる。だが、流血はしていない。切断面が焼き焦げているせいだ。



「古代の魔道具か……。時間経過を考えると――当時なら振りかざすだけでそこらの魔族なら焼き殺せてもおかしくないな」



 そう言いながら、魔王は再生した方の指で刃をなぞった。触れるだけで煙を出しながら皮膚が焦げる。魔法でこの威力を出すのならばさほど難しくはない。しかし、それを武器に組み込むことは現存する技術では再現不可能である。これさえあれば万人が魔法にも似た力を行使することが出来る。その技術は当時の魔族を苦しめ、人間を助けた。



「これを作れる者は流石に死んでいるだろうな。もし生きていたら今すぐにでも会いに行くのだが……。戦闘員でもないだろうし、簡単に良い玩具にできただろうに……」



 魔王は本当に悔しそうにそう呟いた。もし彼が当時魔王だったならば、それも容易だったかもしれない。だが、今のミラは当時とは異なる。多種多様な苦痛を強いられた上に異常なほどに長い期間封印されていたミラの精神は、魔王であってもそう簡単に支配出来るものではない。



「さてと、作戦を練るのだったな。確かハーミスは――」



 そう言いながら短剣を鞘へと戻し、地図を確認する。

 ハーミスの作戦を実行した時の記録を確認しつつ、地図と照らし合わせていく。



「こういうのもたまには面白いな」



 魔王は今まで自分で考えることをあまりしなかった。そんなことをせずとも頭のキレる者を精神支配し、命令すれば最適解を導き出してくれるのだから。

 しかし、精神支配をしていると外部からの刺激に対して考えることをしない。だから成長もなく、現状以上の力を発揮することが出来ない。魔王は精神支配を繰り返す中でそれを理解した。だからハーミスには精神支配と言う形を取らなかった。



「しかし、私もたまには動いてみたいものだ。せめて私に敵う者がいてくれれば面白いのだが……」



 魔王は何も精神干渉のみが優れているわけではない。武器を扱う能力、純粋な身体能力、戦闘経験、全てにおいて優れている。その中でも精神干渉が特筆していると言うだけの話だ。もし仮に魔王を殺せるものがいるとすれば、呪術の完全上位互換とも呼ぶべき魔王のスキルを無効化することが出来、且つ即死させられる者だけだ。

 そんな魔王に立ちはだかる者が現れるのは、もう少し先の話である。

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