第09話 結果

 ハーミスは椅子の背もたれに身を任せると、ふぅとため息を吐いた。死人、負傷者こそ出たものの、結果として魔王を満足させることは出来た。それを魔王から送られてきた書簡に目を通して理解した。

 こんな無茶な作戦を実行させてしまったことに罪悪感を感じながらも、ハーミスはそれを振り払う。これからも魔王からの要求はあるだろう。その度に感傷に浸っているようでは身が持たない。ハーミスは自分の身を壊すわけにはいかなかった。少なくともミィナが無事にここに戻ってくるまでは――。



「ハーミス様、いらっしゃいますでしょうか?」


「あぁ。何の用だ?」


「実は――」



 最近は民衆をまとめられる者の大半が捕らえられ、少なくなってきていた反乱。そんな中伝えられたのは大きな反乱の予兆である。



「新たなリーダー、か……」



 ハーミスは一人そう呟いた。ハーミスによってこれまで反乱の中心にいたのは、今までに人々を率いる才能、もしくはその片鱗を見せていた者たちだった。しかし今回は違う。彼らが、才能を既に発揮した者たちが消えることによって芽を出す機会を得て、その機会を見事に活かしたハーミスの知らない才ある者たちだ。無論、民衆から離れてしまったハーミスにその中心人物を導き出すことは不可能である。



「民衆の把握は進んでいるのか?」


「はい。指示された通りある程度の接触を試み、民衆と通ずることのできた者も存在します」


「では彼らの情報を元にリーダーを導き出してくれ。今の私にそれをすることは出来ない」


「分かりました。それで、そのリーダーはどのようにすれば……」


「捕らえて牢に入れろ。今までの者と同じように丁重・・に扱え」


「はっ」



 ハーミスにとって牢の中にいる者に死なれることは、何よりも困ることだった。ハーミスは民衆の反感を買い過ぎた。十中八九、ハーミスに従う者はほとんどいないだろう。だから次代の当主ミィナへと時代が移り変わった時に仕えるようなことをすべきではない。当主への反感の原因にすらなり得てしまうのだから。では、一体誰が次の時代を支えるのか。それは今ハーミスが牢で丁重に扱っている者たちである。ミィナを中心として、彼らがその才能をいかんなく発揮することが出来れば――。

 その妄想を実現にするのはそう簡単なことではないが、不可能ではない。ハーミスはそう考えていた。そのためには、今何をするべきか。ハーミスは来るかもわからない未来のために考え、行動し続ける――。





 俺は今までサウスト様の元で働いていた。しかし、突如セントライル家へと派遣され、指揮権もサウスト様からセントライル家の現当主、ハーミス様へと変更された。権力を得るために仕えていた主人を殺し、反乱を兵力で無理やり抑え込んでいる。そう噂で聞いていた。だから必然的に俺たちはこき使われるのだろうと覚悟していた。だが実際は違った。



「おはようございます、ハーミス様」


「あぁ、おはよう。悪いがこの食器を片付けておいてもらえるかな?」


「はい」



 初日はそれは驚いたものだ。早朝、部屋を訪ねると必ずハーミス様の食器を片付けることになる。きっとまだ日も登っていない時間に済ましてしまっているのだろう。俺はハーミス様が眠っているところを見たことが無く、それはともに派遣されてきた者も同じである。先にここで働いていた仲間に聞いても、やはりそれは同じだ。夜中、急務の際に部屋を訪れても必ず起きている。偶然だと思っている者も俺の周りには少なからずいるが、ここまで来ると偶然とは思い難い。



「ハーミス様、都市の一部で怪しげな動きが――」


「どの地域だ?」



 反乱の動きの予兆を報告すると、必ずこう返される。地域と規模、集まっている年齢層。そこからハーミス様は中心となっている人物を導き出す。驚くべきことに、ハーミス様はセントライル家の領地全域の魔族同士の繋がりを把握している。だから反乱と言っても大きなものは未然に防がれ、予兆すら分からない小さなものしか表面的には現れない。サウスト様が「魔王様がハーミスを優遇しすぎている」と文句を言っていたのを聞いたことがあるが、傍にいるとその理由が分かる気がする。





「あれ、お前今日休みだっけ?」


「あぁ、昨日反乱の鎮静に駆り出されたからな。こんなことで休暇を貰えるなんて初めてだ」



 そんな会話を先日した。ハーミス様は兵士の休暇を重視する。軽い病気であっても必ず休暇を取るよう命令されているほどだ。その見返りとしてハーミス様が俺たちに求めるのは、勤務時間内は常に万全であることだ。



「実は、反乱を起こそうとしている者たちがいるかもしれないのです」



 今日、俺はそう報告した。今まで通りの返しをされるのだろうと想像していたが、今回は違った。ハーミス様は自分ではなく、俺たちを頼ったのだ。後で理由を聞くと、既にハーミス様の知っている優れた人材は粗方捕らえてしまっているかららしい。そこで俺は初めて民衆と出来るだけ仲良くしろという命令の意図を理解した。

 その後、俺たちの情報網を駆使してリーダー格を何度か確保した。民衆に情を持つものも俺の仲間にはいた。だが、俺たちは摘発することによって、ハーミス様が暴力的な行為を未然に防いで死傷者を出さないようにしていることを知っている。だからそんな仲間も進んで協力した。大きな問題も発生していないのに反乱が止まらないのは、以前の当主がよほど人望の厚い人物だったのだろう。少なくとも、ハーミス様ほどの優秀な部下を従えるぐらいには。





 現在、俺たち兵士の間には一つの疑問が生まれている。それはハーミス様が本気でセントライル家を支配するつもりなのだろうかということだ。反乱を起こした、もしくは起こそうとした者は捕らえはするものの、きちんとした食事を与え、絶対に殺したりしない。民衆に対して自分が正しいという事を主張しない。自分に反対するものを許容し、民衆の中にあるハーミス様が悪だと言う感情を取り除こうとしていないのだ。それはまるでいつの日か現れる、自分と対立するだろう誰かに、当主の椅子を譲りやすくしているかのように。

 そういえば、セントライル家の幼い娘がまだ見つかっていないと言う話を聞いたことがある。……いや、これは妄想を膨らませ過ぎか。俺たちに分かるのは、ハーミス様が指揮官として優秀という事だけだ。民衆の嫌悪の意識は全く変わらないが、傍にいる俺たち兵士にはハーミス様が邪心を持っているとは思えない。俺のようにハーミス様は何か考えがあってピエロを演じているのだと妄想を膨らませる者も少なくない。ハーミス様は仕事のほとんどを一人でするため、俺たちとはほとんど会話を交わさない。いつの日か、腹を割ってゆっくりと話をしてみたいものだ。

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