第二章 発現
第01話 誕生日
セントライル家が主人を失い、ハーミスが当主となってから約十年が過ぎた。当時まだ生まれて一年にも満たなかったミィナも、今では10歳ほどとなっていた。
「ミィナ様、今日の食事の希望はございますか?」
「ユーミアの作るモノなら美味しいから何でもいいよ」
「……分かりました、ご期待にこたえられるように頑張らせて頂きます」
結果的にユーミアがミィナを連れて逃げた先は魔族の住む地域の中でも、地位が最下層の者が好んで住む場所だった。魔王近辺にいるような権力者たちが嫌悪し、近づこうとしない場所だ。だからそこを選んだ。ハーミスとの話し合いの中での唯一の警戒項目がミィナのスキルだった。二人の顔を知っている者が来るような場所ではないため、それで見つかる事はまずあり得ない。だが、スキルを使える者が稀有である魔族の世界において、ミィナの様な特殊なスキルを持っているということは目立つには十分すぎる理由だった。
「では行って参ります」
「いってらっしゃ~い!」
元気のいいその挨拶を背に、ユーミアは二人で生活している小さなテントから外へと出た。
一人暇になったミィナは、仰向けに倒れこんだ。目に移りこむのは小汚い布で出来たテントの天井と、ぶら下がっているランプだ。物心ついた頃からこの生活をしているため、今の生活に不満は何一つ持っていない。だが、疑問は持っていた。最初におかしいと思ったのはユーミアの存在である。自分を大切にしてくれていることは分かっても、自分とユーミアの関係性は明らかに親と子供のそれではない。それでも、今の生活が楽しいと思えているミィナにとって、それは些細な疑問だった。だからユーミアが話してくれるまでは、自分からは聞くことはしないと心に決めていた。
「よっと」
ミィナはそう言いながら立ち上がると、目に入ったボロボロの
☆
「ただいま戻りました、ミィナ様」
「おかえり~」
ユーミアは辺りを少し見渡して、ミィナが掃除してくれたことにすぐに気が付いた。
「ありがとうございます、ミィナ様」
「いつもユーミアにさせてばっかりなのも悪いと思って……。それより、今日のご飯は?」
「すぐに支度するので少し待っていてください」
そう言うとユーミアは慣れた手つきで料理を始める。ミィナはその作業のうち比較的簡単なものを手伝った。そのお陰もあり、さほど時間をかけずに料理は完成する。
「……ユーミア、なんでこんなに豪華なの?」
豪華、とは言ってもミィナとユーミアから見ればの話である。出てきた料理は、世間一般で普通と認識されているレベルでしかない。
「今日がミィナ様の誕生日だからですよ」
そう言われて、ミィナははっとした。
「ありがとう、ユーミア」
「いえ、気になさらないで下さい。私に出来るのはこのぐらいですから……」
そう言うユーミアの表情はどこか悔しさを滲ませていた。本当にミィナの世話ぐらいしかユーミアには出来なかった。ミィナの両親を身代わりにして逃げてから約10年が経過した。すくすくと育つミィナを見守ることは出来ても、そこから先が無い。現状に満足しているミィナの笑顔を見るたびに、ユーミアの心はずきずきと痛んでいた。もっと自分がうまく立ち回れば、違う未来があったのかもしれない。そう思えてならなかった。
「ユーミア、大丈夫?」
ミィナに名前を呼ばれ、ユーミアはハッとする。くよくよしたって仕方ない。そう思い直すと自分の両頬を軽くパチンと叩いた。
「すみません、少しボーっとしていただけです」
「そっか。……ご飯食べて早く休もう?」
本当に優しい子に育った。自身の子供ではないながらも、ユーミアはそう思った。恵まれない環境に置かれながら、ミィナはそれに不満を零すことなくここまで育った。
「お気遣いありがとうございます。ですがお食事の後、少しお時間を頂きたいのです」
ミィナの気遣いを無下にする訳にはいかない。そうは思ったものの、ユーミアはミィナが10回目の誕生日を迎えた時、全てを話すと決めていた。自分とハーミスの勝手な判断でミィナの過去を隠していた。しかし、ユーミアはそれを知った上でミィナ自身でこれから先どうするかを選んで欲しかった。
「何かするの?」
「ミィナ様に私の昔話を聞いてほしいのです。ミィナ様ご自身にも深く関係のあるお話です」
いつにも増して真剣な表情のユーミアの言葉に、ミィナはゴクリと息を呑んでから頷いた。
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