第06話 作戦
ハーミスがセントライル家の屋敷へと戻ると、明らかに機嫌が悪そうなサウストが待っていた。
「どうかなされたのですか?」
「それはこっちが聞きたいぐらいだ。魔王様からの命令でお前の望むだけの兵力を提供しろって命令を受けたから連れて来たんだ。こいつらの指揮官は全てお前のもんだとさ。どうやら上は俺にお前と関わって欲しくないらしい。じゃあな、用はそれだけだ」
きっと魔王様が手を回してくれたのだろう。ハーミスはそう思った。ハーミスの弱みを握ったから、監視の目が不要という事かもしれない。あまりいい気はしないが、ハーミスにとってミィナに危険が及ぶ可能性が少しでも減ったのなら恩の字である。
ハーミスは一息つきながら椅子に腰かけ、頭を回転させる。目的は人間に打撃を与えること。そのための作戦を練らなくてはならない。それも、セントライル家の内政をどうにかしながらである。
目を瞑って約十五分休息を取ったのち、早速サウストが魔王からの命令で置いて行った兵士に召集を掛けた。
「指揮系統で一番下の者は前へ出てくれ」
そう言われて、まだ年若い兵たちが一歩前へと歩み出た。
「悪いが君たちには雑用を頼みたい。雑用と言っても魔王様からの命令に必要なものだ。気を引き締めて取り掛かってくれ」
そう言うと彼らを早々に行動に移させた。次に残った者たちに声を掛ける。
「私は君たちの指揮系統も能力も性格も知らない。だからその情報を提供して欲しい」
その言葉に、一人の兵士が声を挙げた。
「それならば事前に書類でお送りしたと聞いていますが……」
「その書類から私が読み取れたのは個人の名前と能力だ。緊急時の時のためにも顔を覚えることぐらいはしておきたい。それに、戦闘時の相性は能力によってのみで決まる訳ではない。上からで悪いが、私は君たちの事を出来るだけ詳しく知りたいんだ。だから協力してくれ」
その場でハーミスは彼らの大まかな指揮系統、信頼関係を聞き出し、自分の知識の中にあるセントライル家の領地内の状況と照らし合わせて最適であろう人員の配備を導き出した。
彼らは雑用として周囲へと散っていた部下が戻るなり、それに合わせて指示された配備に従った。
☆
ハーミスは地図を広げ、一人頭を悩ませていた。
「ここが人間の砦か……。道の形状的にもここを通るのが一番苦労が無さそうだが――」
先ほど雑用と言ったのはセントライル家の領地内にある、人間と魔族とが睨み合っている砦の書籍の収集の事である。
魔王から相当数の資料をもらいはしたが、多いに越したことは無いとハーミスは考えたのだ。
「過去の記録を見る限りだと、攻め込んでも簡単には堕とせない。私の知識では砦の陥落など不可能と考えるのが妥当か……」
しかし、何も砦を陥落させる必要はない。
”私が楽しめる程度”
魔王は確かにそう言った。
正面突破はほぼ不可能であり、さらに魔王がそれを望んでいるわけではない。ならばそれは得策ではないだろう。となれば――。
「そうなるとその北と南に広がる岩山、もしくはそのさらに奥の死んだ大地。後者の距離は……片道分の食料だけでも人間側に辿り着くまでには持たない。前者は環境的にほぼ不可能……いや、魔王様ならあるいは――」
それは恐らく採用されないだろう。ハーミスはそう思った。この状況下で実行できる可能性がわずかに存在する方法。ただし、実行するためには強靭な翼と肉体、精神力を併せ持つ魔族が必要である。それに加え、特定の知識と技術も必要となる。しかし、それ以外にハーミスは方法を思いつけなかった。
それを出来るだけ簡潔で分かりやすく、かつ詳細なところまで正確に伝わるように紙へと記す。それを筒形の入れ物に入れると、兵士の一人を呼び出して魔王の元へと届けるように伝えた。
☆
書簡は無事魔王の元まで届いた。
それを受け取った魔王はすぐにそれを開く。
「くっくっく。面白ことを考える」
魔王は書面に目を通してそう呟いた。魔王は頭の中でそれを実行するための人材を思い浮かべる。それと同時に部下を呼び出した。
「私が今から述べる魔族を早急にここに集めよ」
「畏まりました」
虚ろな目をした魔族は、魔王の言葉にそう返すと迅速に行動をする。下の者に他のどんな物事よりも優先しろと伝え、集合を掛けた。そのため、それから全員が魔王の元に辿り着くまでさほど時間は掛からなかった。
魔王は集まった者たちに問う。ハーミスの思い描いた作戦が実行可能であるかどうかを。ある者は出来るかどうかやってみないと分からないと答え、ある者は命令されれば全力を尽くすと答え、ある者は挑戦させてほしいと答えた。それが魔王にとってはどうしようもなく面白かった。誰一人不可能とは言わなかった。だが、出来るとも言わなかった。魔王は嬉々としその作戦の実行を命令し、命令された者は直ちに行動へと移した。
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