第05話 不孝

 ハーミスは自分に関わりすぎると被害が及ぶからとサウスト達を自分から遠ざけた。それは自分に対する監視の目を防ぐためではなく、民衆の命を奪わないためである。民衆の反乱は今もなお続いている。もしサウストが介入しようものなら、多くの負傷者や死者が発生する可能性がある。主人が大切に育んできた仲間を危機に晒すことなど、ハーミスに出来るはずがない。

 慎重に事を進めて一か月が経過した時、ハーミスはサウストの部下に事細かに反乱に対する対応を書き記した書類を渡し、セントライル家を後にした。サウストから渡された書簡に記された日程に遅れることがないように、余裕を持っての出立だった。

 道中は自分への襲撃を警戒して一人で、厳選した道を通って進んだ。それなりの日数は掛かったものの、何事もなく予定通りの日に目的地に着いた。魔王から指示された日にちまで余裕があったため、適当な宿を取って頭の整理を行いつつ休息をとった。

 そして、ついにその日はやってきた――。



「セントライル家当主、ハーミスです。魔王様から面会を求められ馳せ参じました」



 ハーミスは城へと迎え入れられ、両開きの大きな扉の前へと案内される。門番がそれを開けると、奥には魔王と思しき影があった。薄い仕切りのせいで、実際の姿は見えない。

 ハーミスが座ると、まだ年若いと思われる男性の声が響いた。



「そこに座れ」


「失礼いたします」



 ハーミスは大きな部屋の中央に一つぽつんと置かれた背もたれのある椅子に腰を掛けた。そこから始まったのは何気ない質問だった。名前や出身などのハーミスに関する質問が一通り終わり、次の質問に移ったところでハーミスはようやく違和感を感じる。



「セントライル家の当主は誰だ」


「……セントライル・ドレア様です」



 自分の名前を答えなければ。そう思った。だが、自分の名前を言おうとしたところで思考が無理やり停止させられた。その結果口に出たのは一切の考慮を挟まない、質問に対する反射的な答えだ。

 魔王の持つスキルの一つ、『属性(闇)』。それは相手の能力を阻害・低下させることに優れている。長い時を生き、技術を磨いた魔王ならば思考を遅延することぐらいは容易である。魔王が使うそれは、まるで思考が停止したと勘違いするほどだった。

 ハーミスに仕掛けているのは質問に答えられなくなるような混乱に陥れることなく、思考する能力のみを阻害する高度な威力調整がなされた属性(闇)だ。それは相手の精神力によって異なる調整が必要となる。初めの簡単な質問はハーミスの精神力を測るためのものだった。そして、調整の成功を先程の質問で魔王は理解した。



「お前はセントライル家の当主ではないのか?」


「私はあくまでその代理をしているにすぎません」


「セントライル・ドレアは死んだと聞いている。お前は誰の代理をしているんだ?」


「それは――」



 ハーミスはそこでどうにか留まった。そこから先を話すことは許されない。本能的にそれを察した。しかしそこまでの会話でドレアとシィナの死、そしてミィナの失踪の事実を認識している魔王は理解する。



「セントライル・ミィナは今どこだ?」


「…………」



 魔王はその精神力に驚きつつも、スキルの威力を更に強めた。



「もう一度問う。セントライル・ミィナは今どこにいる?」


「……貧困街です」



 それを聞いて魔王はにやりと笑った。魔王の目的は頭がきれるというハーミスを利用したかったからだ。魔王の持つもう一つのスキルを使えばハーミスを思いのまま動かすことなど容易い。だが、それでは本来の能力を引き出せないことを、魔王はおもちゃ・・・・で遊んだ末に理解していた。限界を超える力を引き出すには、それを成功させなければならないという使命感と理由が必要である。ハーミスにとって、セントライル・ミィナと言う存在はそれをするエサとなり得るだろう。それを確信に変えるため、魔王は質問を続ける。



「お前の望みはなんだ?」


「セントライル家の復興です」


「それに必要なものは?」


「セントライル・ミィナ様です」


「後継者が一人現れた所で簡単に復興などできないだろう?」


「セントライル家の使用人は優秀な者が多く、ミィナ様の存在さえあれば復興は可能だと考えます」


「そう言う者たちは反乱の際に先頭に立つ。その未来まで生きているとは思えんな」


「優秀な者は私がサウスト様に要注意人物として報告し、そういったことに巻き込まれないように牢で生活させております」



 ハーミスは本気でセントライル家の復興を画策していた。それも単独でサウストという権力者も利用しながら今亡き主人のため、そしてその娘の帰還を信じて――。そして魔王は知っていた。反乱がおこる中、怪我人のみで死傷者を一人も出していないことを。これほどまでに頭がきれて忠実な使い勝手の良い魔族が他にいるだろうか。この時点で魔王はハーミスを重要な手駒として扱うことに決めた。

 それからいくつかの質問をした後、魔王はスキルを徐々に弱めていった。ようやく思考が出来るようになったハーミスの表情は凄い勢いで青ざめていった。そんなハーミスに魔王は声を掛ける。それはどこか楽し気で、ハーミスの反応を面白がっているようだった。



「ハーミス、こちらが望むのはお前の頭脳だ。だが、それを強制されたところでやる気などでないだろう。忠誠の相手が魔王わたしではないのだからな」


「い、いえ、そんなことは――」


「そこでだ。こちらからも見返りを出す。セントライル・ミィナ。彼女に関しては一切関与しないし、私の目の届く範囲の者には関与させないよう努力する」



 それはハーミスにとってはまたとないチャンスだった。民衆も大切ではあるが、ハーミスの中における優先順位はミィナが何よりも上だ。魔王の提案は魔王が関与しない上で、周囲に関与させないように努力する。それは結果として、権力を持つ全ての魔族はミィナに手を出せないという状況を創り出す。



「……その見返りのために、私は何をすればよいのでしょうか?」


「要求は二つ。一つはセントライル家もセントライル・ミィナに関与しないこと。お前たちに力を付けられると私としても面倒だからな」



 ミィナの身の安全が保障される。その代償として、ミィナはセントライル家の正統後継者ではなく、ただの魔族として生きていかなければならない。だが、敵が多いこの状況でミィナの安全を切り捨てる選択肢はハーミスには無かった。



「分かりました。セントライル・ミィナ様に今後一切、関与しないことをここに誓います」



 その様子を見た魔王は一つ頷いた後、再び口を開いた。



「もう一つは私の望みを叶えることだ」


「望み……ですか?」


「そうだな、せっかくだからここで一つ頼むとしよう。……そうだな、どうにかして人間側に大きな混乱を与える。これを最初の望みとしよう。今回はお前の能力を試したいということもあるからな。後日私の元にあるの戦力と私が集め得る限りの情報を送る。そこから一か月以内に作戦と必要なモノを私まで伝えろ」


「一つ質問を宜しいでしょうか?」


「許可する」


「混乱とはいったいどの程度のものをお望みでしょうか?」



 その言葉に魔王はにやりと笑う。次に答えた魔王の声色からそれが邪な笑みではなく、純粋な子供の様な笑みであることが察せられた。だからこそ、ハーミスは背筋に冷たいものが走るのを感じた。



「私が楽しめる程度だ」

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