第02話 逃亡

 そこからユーミアは休息をとることなく、ひたすらに飛び続けた。腕の中にいるミィナは一度泣き出してしまったが、泣き疲れてからというものぐっすりと眠っている。目的地であるセントライル家の治める地域の門が見えてきた丁度その時、ユーミアの翼は限界を迎えて徐々に高度を下げ始めた。速度をそのままに地面に体が触れようと言う時、何者かに支えられる。ユーミアがかなりの速度を出していたために慣性のまま地面を数十メートル削ったところでようやく止まった。



「ハーミス……さん……」


「ユーミア、何があった⁉」



 ハーミスと呼ばれた魔族の男はがっしりとした体格に加え、ほぼ全身が頑丈そうな鱗で覆われ、立派な尻尾が生えていた。背中には大槍が背負われている。

 ハーミスはユーミアの腕の中で再び泣き始めるミィナを見るなり、口を開いた。



「ご主人様と奥様は今どこにいる」


「それが――」



 ユーミアは自身に起こったことを出来るだけ簡潔に説明した。ハーミスはセントライル家の側近であり、主人だけでなく周囲からの信頼も厚い。それを見込まれ、現在ではセントライル家においてまとめ役となっている。そのため魔族の勢力図にも詳しく、ユーミアから話を聞いて大まかなことは察しがついた。



「ユーミア、一先ひとまずは休息を取れ」


「ですがハーミスさん、今はそんな場合では――」


「私たちはここで会わなかった、そういうことにする。武力を行使したという事は魔王様が動いたという事だ。庇ったとなれば次はご主人様が守ってきた我々に矛先が向く。戦闘能力のない者が大多数を占めるこの場所が攻められれば成すすべなく全滅する」



 武力行使。もし勝手にそんなことをすれば魔王は黙っていない。魔王の意思に反して勝手な行動をすれば確実に殺される。今の魔王の権力と武力はそれほどまでに圧倒的だった。

 会わなかったことにする。それが意味することはユーミアが単独でミィナを守らなければならないということである。魔王の意思は絶対。だからセントライル家が統治する地域を守るには、反逆者と言うレッテルを貼られるわけにはいかなかった。つまり、ユーミアを擁護するような行動をすることが出来ない。



「ユーミア、どのぐらい時間があれば飛べる?」


「……一時間も休めば行けます」


「分かった。それまでにこっちで出来うる限りの手助けはする。悪いが休息は向こうの木陰で頼む」



 それからハーミスは主人の屋敷へと向かって書類をいくつか処分し、隠し部屋へと通ずる本棚に細工を施したことを示す印として傷を付け、ユーミアとミィナが逃げ切れるであろう場所を探した。それを紙切れに纏め、懐に仕舞うと外に出て辺りの仲間へと指示を飛ばす。情報の流出を恐れて真相は誰にも言わなかったが、ハーミスの人望が功を奏し他の者は黙って指示通りに行動した。

 そして約束の一時間が経った時――。



「悪いが私の知恵ではこれが限界だ」



 そう言ってハーミスは紙切れと、少額のお金が入った巾着をユーミアへと渡した。



「いえ、十分過ぎるぐらいです」


「ユーミアも知っていると思うが、その場所に伝手は無いし金さえ払えば仲間を売る連中も少なくない」


「分かっています。ミィナ様だけはなんとしても――」


「……頼む」



 ハーミスは唇を噛みしめながらそう言った。本来なら自分が守るはずだった。だが、今はそれを部下に任せるしか選択肢が無かった。それが仕方のないことだと分かっていても、無力な自分を悔やまずにはいられなかった。

 ユーミアはそんなハーミスに心配を掛けまいと、表情に疲労や不安を一切出すことなく、その場から飛び立った。





 それから数時間後、武装した大人数の魔族が領地を訪ねて来た。

 門番はギィィという音を立てながら大扉を開け、彼らを迎え入れた。それに気が付いたハーミスはいち早くそちらへと向かった。



「ご主人様、どうなされたのですか⁉」



 彼らの先頭を歩かされていたのは主人のドレアと、その妻であるシィナだった。全身傷だらけで流血しており、両腕を鎖で繋がれている。事情を知らないセントライル家に仕える魔族がその様を見て反抗しようとしたが、ハーミスが目で制した。その様子を見てミィナの両親はうっすらと笑みを浮かべた。ハーミスが何が起こったのかを把握していると察したからだ。それは、ユーミアがここまでたどり着いていたことを意味する。

 ハーミスの姿に気が付いた小太りでカエルに似た姿をした男が口を開いた。



「よぉ、ハーミス。久しいな」


「サウスト様、これは一体――」



 サウスト。セントライル家とは相容れない関係にあるレノエリル家の当主である。レノエリル家は人間との戦争の肯定、戦力重視の街づくり、魔王の意思に対して常に肯定的であるなど、セントライル家とは対照的である面が多い。それ故にセントライル家の者はをサウストは快く思っていなかった。そして、魔王の意思と自分の望みが重なった今、かつてない程に興奮していた。



「お前らの主人は魔王様に逆らった。それだけの話だ」



 魔王の意思が確定するのはいつも急である。それがまかり通ってしまうぐらいに魔王の権力は過去に類を見ないほどに飛びぬけていた。今回は人間との戦争に意欲を示した。だからそれを否定していたセントライル家への武力行使が認められてしまった。



「ハーミス、お前らの主人の屋敷まで案内しろ。こいつらと繋がっている奴を炙り出す」



 サウストは下卑た笑みを浮かべながらそう言った。サウストの狙いはセントライル家と繋がり、人間との戦争に否定的な考えを持つ他の魔族を捕縛することである。

 ハーミスはそれを受け、サウストの部下を先導して屋敷へと向かった。

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