第03話 工作
ミィナの両親であるドレアとシィナ、その配下であるハーミスの三人と自らの部下を率い、サウストは屋敷へ向かった。到着するなり辺りにあるものを乱雑に物色し始めた。
約一時間が経過した頃、サウストは苛立ちながら舌打ちをした。
「仲間に関する情報は無しか。おいドレア、隠し部屋なんてないだろうな」
「そこの本棚の裏に……」
弱々しい主人の言葉に思わず表情を歪めそうになるが、ハーミスはどうにか堪える。今サウストの気に触れるような行動をすれば怪しまれるのは目に見えている。セントライル家の配下のまとめ役であるハーミスならば尚更である。
そんな中、サウストは部下たちに隠し部屋への通路を開かせ、そちらの物色を始めた。だが、ハーミスが既に手を加えているため繫がりのある他の魔族の情報が出て来る事は無かった。
「ったく、これでちょこまかした奴らも捕まえられると思ったのによぉ」
ちょこまかした奴ら。それはセントライル家やレノエリル家よりもずっと権力の低い魔族の事だ。そういった者たちは大抵どこかの権力の強い魔族の下へと付いている。
セントライル家に付き従っていることは、レノエリル家と相反する思想をしていることとほぼ同義だ。サウストにとって屋敷の物色は、邪魔者を一掃出来るかもしれないチャンスだった。
「まあいい。おいっ、行くぞ。ハーミス、お前もついてこい」
それだけ言うとサウストは屋敷の外へと向かった。屋敷を出た所でサウストは何かを思いついたのか、にやりと笑みを浮かべた。
「ハーミス。お前にチャンスをやろう」
「……それは、ご主人様たちを助けられることですか?」
「違う。こいつらを処刑することは既に決定事項だ」
「なっ――」
「お前は戦闘能力もあって頭も切れる。そしてここにいる者たちの事をよく知っている。我々に協力するように仕向けることも出来るだろう?」
主人を見捨て、更に民衆をサウストに協力するように仕向ける。それがサウストのハーミスに対する望み。それは出来ない。そう思ったハーミスが拒否する前にサウストは追い打ちを掛ける。
「出来なければセントライル家に仕えていた魔族は抹殺する。反逆されるのが目に見えているからな。ハーミス、お前ならそれを抑えられるだろう?」
サウストの言葉と、浮かべている下卑た表情にはらわたが煮えくり返る。だが、ハーミスはその感情を無理やり抑え込んだ。感情のまま動いてしてしまえば、家族とも呼べる仲間をすべて失ってしまう。
「……分かりました。私はどうすればいいのでしょうか?」
「こいつらの処刑をお前が執行しろ。但し、レノエリル家に反対するようなそぶりは絶対に見せるな。あくまで我々に賛同したうえでの行動。そういうことにしろ。心配するな、お前の地位は保証してやる」
ハーミスは握った拳をさらに強く握りしめる。主人を守ることも、その娘の面倒を見てやることも出来ない無力な自分が、どうしようもなく情けなかった。得られるのは使い道のない地位と民衆からの嫌悪の感情だけ。それでも、仲間を守るためには、首を縦に振る以外の選択肢は無かった。
☆
周囲には次々と魔族が集まる。彼らはセントライル家の領地で生きる者たち。訳も分からぬままに集合を掛けられ、周囲に見えるような高台で拘束され、ぐったりとしているドレアとシィナを目にして騒ぎ出す。
ある程度の人数が集まったのを確認したサウストは、その口を開いた。
「聞け! セントライル家の民よ! お前らの主人は魔王様に逆らった。よって今ここで処刑する。執行人はお前らを捨て、権力に走ったハーミスだ!」
更なるざわめきが起こった。ハーミスは表情を変えずに主人の前へと大槍を持って進む。ドレアとシィナの前へとハーミスが辿り着いたその時、ドレアはハーミスにしか聞こえない程小さな声で呟いた。
「ミィナは無事なのか?」
それにハーミスは答えなかった。だが、その意思はハーミスが大槍を振りかざすことでドレアとシィナに伝わった。二人はハーミスに、ミィナが生誕した際に一つ頼みごとをしていた。
”ミィナを守るためなら俺たちの事は一切考慮するな”
ドレアはちらりとハーミスの方へと視線を送った。その表情は満足げで、薄っすらと笑みを浮かべていた。何かを託すようなその瞳を見たハーミスは、全身が律せられるのを感じた。余計な力が抜け、大槍を持つ腕の震えが納まってゆく。
自分の主人が覚悟を決め、後の事を自分へと託した。それを無下にすることは、ハーミスにとって許されないことだった。周囲にどう思われようと、どんな立ち回りをしようと、例え主人の命を奪うことになろうと、ミィナだけは守らなくてはならない。ハーミスは一度目を瞑り、深呼吸をした後に躊躇いなくその刃を主人へと突き立てた。
足元に転がるドレアとシィナの死体。悲鳴を上げながら自分へと罵声を飛ばす民衆。そんな景色を目にしても、ハーミスはその覚悟に満ちたその表情を変える事は無かった。
★
ハーミスと別れたユーミアは泣き出すミィナをその都度あやしつつ、出来るだけ目立たないように飛行していた。ハーミスが意図的にそうしたのかユーミアには分からなかったが、目的地まで直線で進めば距離もなく人目に付きにくかった。ただし、それを出来るのは飛行が可能な者のみである。
目的地一歩手前でユーミアはちょっとした買い物をした。そのうちの一つがボロボロで古臭い服だ。それを買うと自分とミィナの身に纏っていたものを捨て、着替えた。その後、数時間飛んだところで目的地へと辿り着いた。異臭が漂い、虫が飛び、簡易なテントが立ち並ぶそのスラム街にユーミアは足を踏み入れる。ここでしなくてはならないのはただの流れ者を装い、溶け込むことだ。今、セントレイル家の領地がどうなっているかは分からない。ただ、何としてもミィナを守らなくてはならないことだけは理解できた。
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