第11話 期限

 その日、玉座の間には国王であるブライ、その息子のシュリアス、そしてプレスチアを含めた貴族が集められていた。その中心にいるのはルノウだ。ルノウの持っているスキルは、拷問などの際に無類の強さを発揮するため、拘束した魔族に関してはルノウに一任されていた。



「それでルノウよ、結果の方はどうだ?」


「我々の予想通り、生物を作り出すことを可能とするスキルが存在するようです。そのスキルを所持しているのはエクトという名のまだ年若い魔族のようです」



 それを聞いた者が騒めく。しかし、ルノウの報告はそれだけではなかった。



「スキルの名称までは分かりませんが、どうやら作り出せるのは生物だけではないようです」


「……どういうことだ?」



 ブライの言葉を受け、ルノウはさらに言葉続ける。



「現状、エクトという魔族が作り出しているのは『魔族』と『魔物』のようです。どちらもまだ発展段階であり、今の実力は知っての通りです。しかし、過去の実験において武具を作り出すことにも成功しているようです」



 それから少し間をおいて、腕を組んで考えこんでいたシュリアスが口を開いた。



「それは『錬金術』とは異なるのですか? 錬金術は等価交換を基として物体を生成できると聞いています。もし仮に生物と等価になるほどのナニカを用意でき、それを実行できるほどの実力があるとすれば――」


「それは違うようです、王子。魔族側にあるこのスキルは代償を一切払うことなく、物体の生成を行っているようです。等価の物体を必要とする錬金術の上位互換と捉えるのが妥当だと私は愚考しております。勿論、代償が存在していて、魔族側がそれに気が付けていない可能性も無くはないですが……」



 その場に沈黙が降りる。

 反則。誰もがそう思った。何もないところから物質を作り出す。そのスキルに秘められた可能性は無限大と言っても過言ではないとさえ思える。



「それともう一つ気になることが――」



 ルノウのその言葉に、その場の全員が耳を傾けた。



「以前砦を越えてこちら側に魔族が現れたのを皆さん覚えているでしょう。どうやら、それを実行した犯人もエクトという魔族だそうです。それも先ほど述べたのと同様のスキルの効果だそうで、距離を作り出す・・・・・・・ことによってこちら側まで一瞬で同族を移動させたそうです」



 概念的なものまで想像できてしまう。それを知り、ブライとプレスチアは動く生き物・・・・・を作り出すことが出来た理由を悟る。概念的なものまで作り出せるのならば、ミラ・ルーレイシルの言うところのを作り出すことも不可能ではないだろう。そういう予想が出来た。

 それと同時に、プレスチアの脳裏に一人の少年がよぎった。エクトと呼ばれる魔族とは対照的に無から有ではなく、有を無に出来るスキルを持った少年。その少年の見せたスキルによるの移動は距離を消した・・・・・・と仮定すれば納得がいく。



「ルノウよ、我々が砦を奪還することは可能なのか? 話を聞く限りではこのまま黙ってみているわけにもいかないだろう」


「陛下のおっしゃる通りです。ですが、拘束した魔族の証言によれば現在、陥落した砦には無数の失敗作魔族がいるそうです。普通に考えて、こちらから攻撃を仕掛けるのは得策とは言えんでしょうな」


「では、別に何か策はあるのか?」



 ルノウのやけに落ち着いた様子にブライはそう質問した。しかし落ち着いているからと言って、ルノウの表情に不安がないわけではなかった。



「件のスキルでまともに戦える生物を作り出すまで掛かる時間は三年であると彼らは予測しています。つまり、この先三年間は実験を称した今まで通りの攻撃を仕掛けてくるはずです。その間に新規に作った砦周辺の守りを固め、今まで通りの拮抗状態へと持ち込むのが妥当だと考えます。生成した魔族を生かすためには多種多様なコストが掛かることを考慮すれば、無制限に魔族を作り出したとしてもこちら側へと攻めてくる数には限界があります」



 つまりは、こちら側から攻撃することはせず、守りに徹するということである。魔族側にあるスキルの持ち主の技術の成長を放置し、人間はただそれに耐える準備をするだけ。その考えに否定的な声も周囲から幾つか挙がった。ルノウはそれを聞いた後に、その場の全員に向けて口を開いた。



「いくら個人の実力が低いとは言っても、陥落した砦にいる魔族の数は人間の戦力でどうしようもない。しかも、そこにいるのは作り出したあまりもの・・・・・だ。殲滅されようと、餓死しようと、魔族側の不利益はほぼゼロと考えて相違ない。さらに、例のスキルが魔族側にある限りそれらは無制限に増え続ける」



 ルノウは唇を噛んだ。防衛にしか回ることが出来ず、それを打開する力が今の人間にはない。それがどうしようもなく歯がゆかった。しかし、現状を周囲に伝え、協力しなければ更に酷い方向へと進んでしまう。そう思い、ルノウは言葉を続ける。



「もし仮に我々に陥落した砦を取り戻す機会があるとすれば、エクトという名の魔族の命が途絶えた時だ。それまでは、我々に耐える以外の選択肢は存在しない。それが私が導き出した結論だ」



 否定的な声を挙げていた一般の貴族はおろか、ブライ、シュリアス、プレスチアも口を開こうとしなかった。話を聞いてルノウの言うとおりだと感じ、且つ、こういう場面でどんな手段を使ってでも打開しようとしてきたルノウを知っているからなおさらである。そのルノウが打開を諦めるという発言をしたのならば、それはこの国の現状では不可能なことは容易に想像がつく。

 その場の全員が暗い表情を浮かべるが、誰も仲間を鼓舞しようとはしなかった。今の人間ライリス王国には、耐える以外の選択肢がない。そんな絶望的状況を理解した者を立ち直させる術など、誰も持ち合わせていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る