第10話 拘束

 その日、魔族は約百名で特攻を仕掛けてきた。



「ガリア隊長、遠方に魔族の姿をとらえました!」



 そんな報告を受け、ガリア率いる部隊は動き出す。近接戦の得意な者を集めた集団は騎乗したまま突進する。その背後からは精度の高い火属性の魔法が魔族へと飛んでいく。威力が高い代わりに体力の消耗が激しいため、緊急時に備えて今まで弓矢という物理的な方法をとってきた。しかし、素早さと正確さが求められる今回は魔法での攻撃が適切と判断された。

 矢と違って魔法は避けられないのか、魔族は誰一人躱す素振りすら見せずに直撃する。集団の中央へ見事着弾したが、それでも全員を瞬殺とはいかなかった。



「事前の打ち合わせ通り二手に分かれて作戦を実行する! 行くぞ!」



 ガリアのその指示に後続する兵たちは声を挙げて応えた。魔法が中央へと直撃したため、特攻してきた魔族は左右へと散っている。一部の兵士がそちらのせん滅・捕縛へと向かい、ガリア率いる集団は中央をそのまま突っ切った。

 ある程度進んだところで、ガリアはアイコンタクトで仲間へと指示を出す。今回の作戦には敵の索敵が必要となる。そのため、感知スキルが優れた者を連れてきていた。馬の速度をさらに上げ、扇状に分かれて進んで出来る限り広い範囲をスキルで確認する。そして、感知スキルの持ち主を手練れの兵士が護衛する。



「どうだ?」



 ガリアのその質問に、感知スキルを持った兵士が答える。



「この辺りにはいないようです。潜伏していたとしてもこの場所まで進んで何の形跡もないとなると――」



 そこまで話した時、離れたところから甲高い笛の音が響いた。魔族を発見した時に報告するためのものだ。ガリア達は方向を変え、急いでそちらへと向かった。





 ガリアが辿り着いた時には、既に戦闘が終わっていた。辺りには血の臭いが漂い、地面には魔族と魔物、人間の死体がいくつか転がっていた。数日寝泊まりしていたのか、簡易なテントがいくつか設置されている。そして――。



「やめろっ! 我々にはやるべきことが――」



 明らかに戦闘向きではない魔族が数人拘束されていた。彼らは人と似た形をしているものの、肌の色や角などの身体的特徴が人でないことを指示している。武具は装備しておらず、ローブを身に纏った知的な雰囲気を醸し出すその魔族の傍にはいくつかの書類が散乱していた。暴れる魔族を横目に、ガリアは指示を飛ばす。



「そこの魔族を連れて戻れる者は先に戻れ! 残りの者はテントの中身を回収しろ! まだ他に潜伏している魔族がいるかもしれん。警戒を怠るな!」



 その指示に従い、ガリアについてきた兵士たちは迅速に行動した。幸い、他の魔族からの攻撃を受けることも無くその場を切り抜け、ガリア達は砦への帰還を果たした。

 それからガリアは魔族たちにより頑丈な拘束を施し、選抜した兵士を護衛に王都へとその身柄を運び出した。その後、状況の確認をするためにガリアはシーラの元を訪れた。



「向こうの様子はどうだ?」


「こちらから視認出来る限りでは特に変化はありません」


「そうか……。それで、先に王都に送り込んだ魔族はどうだった?」



 先に送り込んだ、というのはガリア達が拘束したのではなく、特攻してきた魔族のことだ。魔法の直撃を受けた者はほとんどが即死していたが、幸か不幸か無傷の者も存在していた。



「言葉を発さず、延々と地面を走ろうとしていました。恐らく、そう命令されていたのだと思います。魔法の被弾を受けて瀕死状態だった魔族も同様です。体は確かにボロボロで出血もしていたのに、苦悶の表情を一切浮かべていませんでした。身体的な特徴は今まで同様、どの個体もほぼ同じようです」



 シーラの言葉に、ガリアは思わず息を呑む。魔族生命体を作り出せてしまうようなスキル。そう予測はしたものの、実在するとは思っていなかった。いや、思いたくなかった。しかし、シーラからの話でそれはほぼ確信へと変化する。行動を制限できるスキルである『呪術』の可能性も無くはなかった。しかし、奴隷紋レベルの拘束であっても命が危機に瀕するほどの体の痛みを無視させることは容易ではない。何より、どの個体も共通した身体的特徴を持っている時点で予測が正しいのはほぼ確実だった。

 痛みを感じることなく、命令を確実に順守する兵士。戦地において、これほどまでに便利な存在があるだろうか。そんな思考が一瞬をよぎったが、ガリアはそれをすぐにかき消した。今はそれよりも気にかけるべきことがある。



「兵士たちの様子はどうだ?」


みな、状況の深刻さは察しているようです。今までどこか余裕のある表情をしていた者たちも、今回の件で余裕が吹き飛んだようです」


「それは良いことではある。が…‥」


「状況は最悪ですね……」


「まずは新兵たちを落ち着かせないとな」


「いえ、そちらは大丈夫だと思いますよ」



 予想外の言葉に首をかしげるガリアに、シーラは説明をする。



「パリスやライムが中心となって動揺を落ち着かせているようです。魔法部隊の方はレシアがやってくれています。今は後方支援しかさせていませんが、精神面だけなら前線でも戦えるレベルかもしれません」



 陥落した砦で訓練を行っていた新兵は、新しい砦の強化に移行することとなった。魔女の村の一件やギルドでの交渉などの他の仕事をしていたものの、ライム、パリス、レシアの三人もこの例外ではなかった。



「彼らより優先すべきは、新兵よりも経験がありつつ、さほど経験を積んでいない中堅の兵士の方だと思います」


「確かその三人は……以前、魔族との交戦時に活躍してた奴らだな」


「三人ともプレスチア大臣から指導を受けているようです」



 その言葉にガリアは納得した。ガリアはルバルド、プレスチアが前線で戦っているとき、後方支援をしていた。兵士の中での立場で言えば後輩にあたる。そのため、プレスチアのこともよく知っていた。プレスチアは戦闘能力こそルバルドほどではないものの、頭がよく切れた。状況を把握することや、精神的に仲間を導くことに関しては右に出る者がいないほどに得意だった。仲間の士気を上げるという点において、プレスチア以上の存在をガリアは知らない。



「そういうことなら、新兵は後回しにさせてもらうか。どの道、俺たちは王国から指示があるか、魔族が攻めてくるかのどちらかの状況になるまで待機だ。その時が来るまでに全員を落ち着かせないとな」


「そうですね。魔法部隊の方は私の方でどうにかしておきます」


「あぁ、頼む。その他は俺の方が担当する」



 ガリアとシーラはざわついた砦を落ち着かせるため、さっそく行動へと移った。





 それから数日が経過した頃、ガリア達が拘束した魔族は無事王国へと運び込まれた。中には道中で力尽きてしまった者もいたが、大半は生きた状態を維持している。彼らの到着後、すぐに王国はルノウを中心に彼らの尋問を開始した。

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