第06話 反響

「「師匠が断ったんですか⁉」」



 ソラが国の要請を断った。そんな話をギルドマスターから聞いたルークとフェミは声を揃えてそう言った。その一方でクラリィは驚く素振りを全く見せなかった。



「クラリィは驚かないんだな」


「私は寧ろ、ネロ様らしいと思います」


「ほう。ならネロがなぜ断ったのか分かるのか?」


「ただ優先順位が低いだけだと思います」



 すべては守り切れない。それでも、守れるものを取りこぼしたくない。ソラはクラリィにそう言った。それは言い方を変えれば『多数を切り捨てたとしても、自分が守りたいものを守れればそれでいい』と言っているのと同義である。ソラが何を守りたいのか、それは正確には分からないが、人間と魔族の戦争に参加すれば確実に守れるものではないことは分かる。



「優先順位なぁ。魔族との戦争よりも上のものがあれば是非とも聞いてみたもんだ」



 それは自分たちには理解できない。クラリィはそう思った。ソラはクラリィと違って自分の居場所や家族をすべて失っている。一度失いかけたクラリィだからこそ、その意味が他の者よりもよく理解できた。



「俺としては参加して欲しかったんだがな。他の奴らに対する影響もシャレにならんレベルになってるからな」


「「「?」」」


「お前らは知らんかもしれんが、『ロート』との戦闘はギルド内の実力者もかなりの数が見に来ていてな。まぁ、それはウィスリムやベルが出れば毎度の事ではあるんだが。そいつらの目から見てもネロとあの魔法使いの嬢ちゃんの実力は常軌を逸していた。中には二人がいれば魔族との戦況がひっくり返せるとまで豪語する奴まで現れるぐらいだ。それは流石にないと俺も思うんだが……」



 ギルドマスターはそう言ったが、ソラ達のことを知っている三人はそれもあり得ると本気で思った。ソラやミラが公衆の面前で見せたのは上辺の実力であることを知っているから。その場でソラが見せたのは独学の剣術と黒い刃、ミラが見せたのは複合魔法である。

 ミラの複合魔法は確かに強力だ。だが、ミラが基本としているのは戦闘において使えるレベルの錬金術である。さらにミラが風と光の混合魔法を使えることを三人は知っている。この時点で五大属性の内、火・水・風を扱えることが確定し、それら全ての属性において光との複合魔法が扱える。ソラに至っては異常なまでの感知能力、対象の一瞬での消去、超長距離の複数人での移動など戦闘において勝ち目がないと思えてしまうほどの力を持っている。その実力はミラがソラには勝てないと言い切るほどである。

 そんな二人が全力を以ってしてひっくり返せない戦況など、三人には想像できなかった。



「そんな訳でネロ達を大きく評価している連中が参加に消極的でな。一応強制することは出来るが、それは最後の手段にするつもり……だったんだが、この調子だとそうも言ってられなくなりそうでな。あぁ、お前らは心配しなくても参加はさせん。経験のない若い連中が行けば経験は積めるだろうが、それに見合わないリスクがつき纏うからな。そもそも、中途半端な実力のやつが行っても足手纏いになるのが関の山だ」



 ギルドマスターはふぅと一息ついてから再び口を開く。



「お前らから説得してもらえばもしかしたら――なんて思って呼び出したが、クラリィの話を聞く限りじゃどうも無理そうだな。悪かったな、急に呼び出したりして。あぁ、それと一つ提案なんだが――」





 ルーク達はいつものように依頼を受け、街を後にした。



「……僕はギルドマスターの提案を呑もうと思うんだけど二人はどう思う?」


「私はいいと思うよ」


「私も構いません。ネロ様の真似事をしたところで、追いつけるとは思えませんから」


「クラリィ、本気で師匠に追いつくつもりなんだね……」


「はい。ルークさんは違うんですか?」


「僕は……そうだね、僕も追いつきたいとは思ってる。でも、本気で追いつけるとは思えなくなってきてるかな。今の師匠と同じ年齢になった時に、同じ実力を付けられる自信は無いよ。でも、剣術ぐらいは頑張りたいと思ってる」


「私もかな。師匠みたいにほぼ無限にある物質を完璧に錬金術で扱えるようには成れる気がしないけど、せめて私の身の周りにあるモノぐらいは師匠と同じぐらいには扱えるようになりたい。流石にクラリィみたいなペースでは無理だけどね」



 ルークとフェミは既にクラリィと共に何度か依頼をこなしていた。その度にクラリィの才能と成長速度に驚いていた。クラリィ本人はまだまだと言うが、それはソラやミラと比べた場合である。剣術はソラの真似だけでなく少しずつオリジナルの動きを加え、魔法については風単体での発動なら相当なレベルに達していた。

 ルークは「話を戻すけど」と言いながら、ギルドマスターの提案について話し始めた。



「ギルドマスターの提案はこの依頼が終わってからすぐにしようと思うんだけど、どうかな?」


「早く慣れておかないと、需要が出た時に対応できないからそれでいいんじゃないかな」


「私もフェミさんと同意です」



 ギルドマスターの提案。それはルーク達を含めたある程度実力の付いた冒険者の討伐対象の難易度を上げると言うものである。魔族との戦争で実力者がギルドを離れている間、彼らが請け負っていた難易度の高い魔物の処理が疎かになってしまう。それを穴埋めするために、ギルドマスターは今以上の依頼を任せられると判断した冒険者にそういった提案をしていた。



「僕たちにあんな頼みをするぐらいなら師匠にもするんだろうね」


「受けるのかな、師匠たち」


「多分受けないと思いますよ。ネロ様はそう言う方ですから」


「フェミは師匠の事詳しいね」


「僕たちがいない間に何か話でもしたの?」


「ネロ様とは少し話しました」


「じゃあ、師匠たちが何であそこで生活してるか分かる? 僕らは聞きさえしてなかったことなんだけど……」


「ただ静かに生活をしたいだけみたいです。ネロ様はそれ以上の事は望んでいないようでした」



 ソラは元から平穏な生活をすることを目的として力を付けていた。仲間と共に、ただ静かに時を過ごす。それは当たり前の事のようではあるが、国という居場所においてはソラとミラにとっては難しいものだった。ソラが力をつけるために王都に向かった時から、その目的は何ら変わっていない。



「その生活だと僕たちみたいに街の中で生活しても変わらない気がするけど……」


「師匠たちの事情って何なんだろう……。聞いたりするつもりは無いけど、気になるよね」


「きっと私たちには分からないことで、分からない方がいいことだと思います。……それよりも、今は自分たちの事を考えませんか? ネロ様たちと違ってギルドに所属している私たちはこれから忙しくなりそうですし」



 そんな話をしながら目的地へと歩みを進めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る